・・・これは僕の友人の音楽家をモデルにするつもりです。もっとも僕の友人は美男ですが、達雄は美男じゃありません。顔は一見ゴリラに似た、東北生れの野蛮人なのです。しかし目だけは天才らしい閃きを持っているのですよ。彼の目は一塊の炭火のように不断の熱を孕・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・それは金のはいったためにモデルを使うことの出来るのも原因になっていたのに違いなかった。しかしまだそのほかにも何か発作的に制作慾の高まり出したのも確かだった。わたしは下宿へ帰らずにとりあえずMと云う家へ出かけ、十号ぐらいの人物を仕上げるために・・・ 芥川竜之介 「夢」
沢本と瀬古とがとも子をモデルにして画架に向かっている。戸部は物憂そうに床の上に臥ころんでいる。沢本 おい瀬古、ドモ又がうなっているぞ、死ぬんじゃあるまいな。瀬古 僕も全くうなりたくなるねえ、死にたくなるね・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・髭を生やした相当立派な大学教授すら、小説家というものはいつもモデルがあって実際の話をありのままに書くものであり、小説を書くためには実地研究をやってみなければならぬと思い込んでいるらしく、小説家という商売は何でも実地に当ってみなくちゃならない・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・哀れな旧友をモデルにしようとしている残酷さは、ふといやらしかったが。しかしやがて横堀がポツリポツリ語りだした話を聴いているうちに、私の頭の中には次第に一つの小説が作りあげられて行った。六 中支からの復員の順位は抽籤できまった・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 彼の今度の長編は、彼の親しい六七人の友人たちをモデルにしたものだ。そしてかなり辛辣に描かれている。しかもそうした友人たちが主催となって、彼の成功した労作のために祝意を表そうというのだ。作者としては非常な名誉なわけだ。 午後、土井は・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・『そいつは惜しかった十六、七で別品でモデルになりそうだと来ると小説だッたッけ、』と言って『ウフフフ』と笑った。この先生に不似合いなことを時々言ってそうして自分でこんなふうな笑いかたをするのがこの人の癖の一つである。『そううまくは行か・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 女は、私の友人の画家が使っていたモデル女である。花の衣服をするっと脱いだら、おまもり袋が首にぷらんとさがっていたっけ、とその友人の画家が苦笑していた。 また、こんな話も聞いた。 その男は、甚だ身だしなみがよかった。鼻をかむ・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・ そのとしの、四月ごろから、兄は異常の情熱を以て、制作を開始いたしました。モデルを家に呼んで、大きいトルソオに取りかかった様子でありました。私は、兄の仕事の邪魔をしたくないので、そのころは、あまり兄の家を訪ねませんでした。いつか夜、ちょ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・僕もその小説は余程まえにいちど読んだことがあって、あのかそけきロマンチシズムは、永く僕の心をとらえ離さなかったものであるが、けれどもあのなかのあまりにもよろずに綺麗すぎる主人公にモデルがあったとは知らなかったのである。老人の頭ででっちあげら・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫