・・・サルトルは絵描きが裸体のデッサンからはいって行くことによって、人間を描くことを研究するように、裸かの肉体をモラルやヒューマニズムや観念のヴェールを着せずに、描いたのだ。そして、人間が醜怪なる実存である限り、いかなるヴェールも虚偽であり、偽善・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・恋愛には恋愛のモラルと法則とがある。その意味では「学校を落第してまでは恋愛をせぬ」というモットーは理想主義のものでなくして、散文主義のものである。イデアリストの青年にあっては、学への愛も恋への熱もともに熾烈でなくてはならぬ。この二つの熱情の・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 日蓮のかような自負は、普遍妥当の科学的真理と、普通のモラルとしての謙遜というような視角からのみみれば、独断であり、傲慢であることをまぬがれない。しかし一度視角を転じて、ニイチェ的な暗示と、力調とのある直観的把握と高貴の徳との支配する世・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・真と美とモラルの高みへとわれわれを引き上げてくれるのである。かような人間教育をなし得る書物こそ最良の書であり、青年がたましいを傾けて愛読すべきものである。 われわれが読書に意を注がぬことの最も恐ろしいのは、かような人間教育の書にふれる機・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・しかしながら人生の行路においては別離すべきときには別離するというモラルがまた厳かにあるのである。離れ難い愛着を感じる愛欲の男女がこの上の結合が相互の運命を破壊しつくすことが見通されるとき、その絆を断固として断たねばならないことは少なくない。・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 手招きを受けたる童子 いそいそと壇にのぼりつ「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われたる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を否定し、十九歳の春、わが名・・・ 太宰治 「喝采」
・・・僕は、田舎者だよ。モラルなんて無いんだ。ピストルが欲しいな。パンパンと電線をねらって撃つと、電線は一本ずつプツンプツンと切れるんだ。日本は、せまいな。かなしい時には、素はだかで泳ぎまくるのが一番いいんだ。どうして悪いんだろう。なんにも出来や・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・の露骨なスタンドプレイを演ずる事なく、堂々と、それこそ誠意おもてにあらわれる態の詫び方をしたに違いないが、しかし、それにしても、之等の美談は、私のモラルと反撥する。私は、そこに忍耐心というものは感ぜられない。忍耐とは、そんな一時的な、ドラマ・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・とにかくこの活劇は私に色々な事を聯想させたが、しかし自然の事実からは人間の都合のいいモラルは必然には出て来なかった。 同じ薔薇の反対の側へ廻ってみると、そこにも一疋の蜂が居た。そして何かしらある仕事をしているのであった。 それは、さ・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・ P君は moral という文字と ethics という言語に対して不思議な反感をいだいている。そしてこれに相当する日本語に対してはいっそうはげしいほとんど病的かと思われるほどの嫌悪を感じるようである。それで自分は丸善の書棚でこの二つの・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
出典:青空文庫