・・・着物を雨で濡らす心配があるか、ライン河の入日の画端書に感嘆の声を洩らす時のほかは、滅多に雲の影などへ心を止めないのも不思議ではない。いわんや今は薔薇の花の咲き乱れている路に、養殖真珠の指環だの翡翠まがいの帯止めだのが――以下は前に書いた通り・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ある時その群れの一つがヨーロッパに出かけて、ドイツという国を流れているライン川のほとりまで参りました。この川はたいそうきれいな川で西岸には古いお城があったり葡萄の畑があったりして、川ぞいにはおりしも夏ですから葦が青々とすずしくしげっていまし・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・そして“Line Composed a few miles above Tintern Abbey”の雄編に移った。この詩の意味は大略左のごとくである。 五年は経過せり。しかしてわれ今再びこの河畔に立ってその泉流の咽ぶを聴き、その危・・・ 国木田独歩 「小春」
ライン河から岸へ打ち上げられた材木がある。片端は陸に上がっていて、片端は河水に漬かっている。その上に鴉が一羽止まっている。年寄って小さくなった鴉である。黒い羽を体へぴったり付けて、嘴の尖った頭を下へ向けて、動かずに何か物思に沈んだよう・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・おそろしい程深い蒼い川で、ライン川とはこんなのではないかしら、と私は頗る唐突ながら、そう思いました。ビイルが無くなってしまったので、私達は又、三島の町へ引返して来ました。随分遠い道のりだったので、私は歩きながら、何度も何度も、こくりと居眠り・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・だいたい日本のどの辺に多くいるのか、それはあのシーボルトさんの他にも、和蘭人のハンデルホーメン、独逸人のライン、地理学者のボンなんて人も、ちょいちょい調べていましたそうで、また日本でも古くは佐々木忠次郎とかいう人、石川博士など実地に深山を歩・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・』に気づくべき筈なのに、帰りて、まず、唯物論的弁証法入門、アンダラインのみを拾いながらでもよし、まず、十頁、読み直せ。お話は、それから、再びし直そう。」かく言いて、その日は、わかれた。 リアルの最後のたのみの綱は、記録と、統計と、し・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・でも窓下の学生のセレネードは別として、露台のビア・ガルテンでおおぜいの大学生の合唱があって、おなじみのエルゴ・ヴィヴァームスの歌とザラマンダ・ライベンの騒音がラインの谷を越えて向こうの丘にこだまする。 ロシアでもドイツでも、男どうしがお・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ 七 ファシストはアルプスを愛し、リベラリストはラインやエルベの川の景色を、マルキシストはツンドラや砂漠の景色を好むかもしれない。松やもっこくやの庭木を愛するのがファシストならば、蔦や藤やまた朝貌、烏瓜のよう・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・ある外国の新聞に今回の地震の地震計記象を掲げた下に Japanese Earthquake reduced to line. と題してあるのを面白いと思って見たが、実際計測的研究者にとっては研究の対象は地震よりはむしろ「線に直した地震」であ・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
出典:青空文庫