・・・然し私の好みを云うなら、自分は大浦の、女らしさの限りをつくしてレースや花にとりまかれた御母マリア、赤や紫の光線に射られ、小さい暗い宝石の結晶のように柱列、迫持の燃え立つ御堂の陰翳を愛する。 市内に戻り、出島町を歩く。梅蘭芳の芝居で聞いた・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ヴィクトーリア女皇が贈ったブローチを白レースの襟の上に飾ったナイチンゲールの肖像は世界の隅々にまで流布した。 世間的な名声は、クリミヤでの英雄的な行為の記憶によって、世の人々の間に生きた。が、それから後の三十年間に、ナイチンゲールがほと・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・ 飯田の奥さんは大儀そうな風で、黒いレースの肩掛けを脱した。「この間じゅうはだんだんどうもお世話様でした。私もちょくちょく来たいとは思っても何しろ遠いもんですからね」 茶など勧めたが、飯田の奥さんの顔色がただでなく石川に見えた。・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・自分の手にはレース手套をはめて、通りがかる野暮なスカートの女の節高い指を軽蔑して眺めるたちの婦人ではなかった。そのことこそ、彼女の芸術上のいのちとなった。あんなに時代おくれの貴族生活の雰囲気の中で矛盾だらけの苦しみの中から生きようとしてもが・・・ 宮本百合子 「まえがき(『真実に生きた女性たち』)」
・・・が時々レース編をしながら仲間に加わった。そして楽しそうに云った。「男の子と女の子と仲よくするのは大変結構さ。だがね、いたずらをしちゃいけないよ。」「そして、彼女はいたずらとは何のことであるかを最も平易な言葉で二人に説明した。私どもは・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・八つ位からレース編の女工になって素晴らしい腕をもっていたアクリーナは、二十二歳でヴォルガの船夫頭をしていたカシーリンの母親に見込まれて嫁入って来たのであった。祖母は小さいゴーリキイに物語ってきかせた。「祖母さまのおっ母がそれとなし気をつ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・祖母は昔ならったレース編を再びやり出した。ゴーリキイも、「銭を稼ぎはじめた。」 休日ごとにゴーリキイは袋をもって家々の中庭の通りを歩き、牛の骨、ぼろ、古釘などをひろった。またオカ河の材木置場から薄板を盗むこともやった。それで三十カペイキ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・若い時分は孤児で乞食をして生き、レース編みを覚えてからはその勝れた腕前で食っていた祖母は、どん底の閲歴の中から不思議な程暖い慾心のない親切と人間の智慧のねうちに対する歪められない信頼とを身につけていた。民謡を上手に唄い、太った体つきのくせに・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・すなわち、英国人の公平な勝負という標語もボート・レースやポローの競技場埒外では、アフガニスタンやパレスタインまで出ると怪しいもんだという懐疑を公然抱いているのだ。彼女は坐っている。 M氏は、 ――こないだも、あの有名な醤油の某々の息・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫