・・・ あるいはこの撰は、一個人の意見に非ずして、一省の協議になりしものなりといわんか。とりもなおさず日本政府の撰びたる倫理論なり。然らばすなわち、今の日本政府を日本国民一種族の集合体として、この集合体ははたして徳義の叢淵にして、ことに百徳の・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・ この事実は、わたし一個人の達成としてとりあげられるのではない。日本でプロレタリア文学運動がこんにちのわたしたちの活動のために基礎づけたものの積極面が、はっきりくみとれるという意味なのである。 一九三六、七年以後から十年の歳月は、日・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・の生と死とを、あくまで人間の利害得失の打算、必要の相互関係のなかで発揮された一個人甚兵衛の彼にとって最も効果的な命のすてかた、敵の殺しかたとして観察しているのであって、そのような機会をつかんだ甚兵衛の辛辣な笑いに表現された復讐の対象に、象徴・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・そのため、一個人としての自主的な判断力が、どの個人の能力の中にあっても薄弱であった。薄弱な客観的判断力を、津浪のような軍事的強権で押し流して、その人々の考える「公的」なものの中へ、人民生活の全面を集注させたのであった。 世界連帯のひろや・・・ 宮本百合子 「逆立ちの公・私」
・・・日本人が今日、当然もつべき一個人としての品位と威厳とを身につけていないことを外国に向って愧じるならば、それは、現代日本の多数の人々を、明治以来真に人格的尊厳というものが、どういうものであるかをさえ知らさないように導いて来た体制を、今なお明瞭・・・ 宮本百合子 「その源」
・・・これまでの純文学が一個人内面的経緯を孤立的に追求して来たのに対して、新たな文学は、この社会に一定の関係をもって生活し歴史とかかわりあっている人間群の悲喜をその文学の内容としようとした。そして、その作品にあらわれる主人公たちがそれぞれ多数のも・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・自分の前に芸術をもっている一個人となる。そうして芸術以外には何ものもなくなる。実に幸福で、自由、得意である。ついに私は久しく望んでいる状態になった。私はこれを実現することができないので、どんなに長い間渇望していたかしれなかった。」 マリ・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・そのため、私一個人としては、先ずそこへ行きつくまでは私の作が愚作であろうが傑作であろうが少しも変りはしない。やはり同じ失敗の作で、成功というような見事な不自然なことは到底及びもつかない夢だと思う。もし傑作が出来ればまぐれ当りだ。私が何をして・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ しかしこれらの感情のすべてが一個人に集まるのは、ただ彼に対してのみである。それゆえに彼は何人よりも激しく私を不安ならしめる。私は一人でいて彼の名を思い浮かべただけでも、もういらいらし初める。そしてそのいらいらする事が自分ながら癪にさわ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫