・・・瘤取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師の桃太郎は犬猿雉の三匹の忠義者を召し抱えた故、鬼が島へ征伐に来たのだ。」「ではそのお三かたをお召し抱えなすったのはどういう訣でございますか?」「それはもとより鬼が島を征伐したい・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・それで、事によるとこれらの一寸法師はわれわれの一秒をあたかもわれらの十秒ほどに感ずるかもしれず、そうだとすれば彼らはわれわれのいわゆる十年生きても実際百年生きたと同じように感じるかもしれない。 朝生まれて晩に死ぬる小さな羽虫があって、そ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・器械全体の大きさに対してなんとなく均衡を失して醜い不安な外観を呈するものである。一寸法師が尨大なメガフォーンをさしあげてどなっているような感じがある。これが菊咲き朝顔のように彩色されたのなどになるといっそう恐ろしい物に見えるのである。 ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・こんどは向うから妙な顔色をした一寸法師が来たなと思うと、これすなわち乃公自身の影が姿見に写ったのである。やむをえず苦笑いをすると向うでも苦笑いをする。これは理の当然だ。それから公園へでも行くと角兵衛獅子に網を被せたような女がぞろぞろ歩行いて・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ はやしのなかにふる霧は、 蟻のお手玉、三角帽子の、一寸法師のちいさなけまり」 霧がトントンはね踊りました。「ポッシャリ、ポッシャリ、ツイツイ、トン。 はやしのなかにふる霧は、 くぬぎのくろい実、柏の・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
人類が、生命の本然によりて掛ける祈願の前に、私共は謙譲であり、愛に満ちてありたい。 あらゆる悲惨の彼方へ、あらゆる不正と、邪悪との彼方へ! 其れは利己的な、一寸法師の「我」が探求する事なのではないのだ、と想う。お互の魂・・・ 宮本百合子 「断想」
・・・びっくりして王様が剣へ手をかけながら起き返っていると、裾の方に、だんだら縞の着物を着た一寸法師が揉手をして、お追従笑いをしながら立っている。『お前は、一体何者だ、夜中に何の用がある』 王様は少し安心して訊ねた。『ハイ、私の無上に・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・葉の面を被うて居る針は、見れば見るほど面白い結晶体で、山の様な、谷の様な、花や鳥又は一寸法師の様な形まで、せまっくるしい細かい処に表わして居る。樹木の影が地に落ちて、はでな縞目をつくり、処々に小石が宝石の様にかたい反射光線を出して居る。外の・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫