・・・ 又 人生の悲劇の第一幕は親子となったことにはじまっている。 又 古来如何に大勢の親はこう言う言葉を繰り返したであろう。――「わたしは畢竟失敗者だった。しかしこの子だけは成功させなければならぬ。」・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・閣下はあれから余興掛を呼んで、もう一幕臨時にやれと云われた。今度は赤垣源蔵だったがね。何と云うのかな、あれは? 徳利の別れか?」 穂積中佐は微笑した眼に、広い野原を眺めまわした。もう高粱の青んだ土には、かすかに陽炎が動いていた。「そ・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ 大な蝦蟆とでもあろう事か、革鞄の吐出した第一幕が、旅行案内ばかりでは桟敷で飲むような気はしない、が蓋しそれは僭上の沙汰で。「まず、飲もう。」 その気で、席へ腰を掛直すと、口を抜こうとした酒の香より、はッと面を打った、懐しく床し・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・更に言えば、戯曲の一幕はたいてい三十分か一時間を克明にうつすので時間的に窮屈極まる。そこで、小説では場面場面の描写を簡略にし、年代記風のものを書きたいと思い、既に二作目の「雨」でそれをやった。してみれば、私の小説は、すくなくともスタイルは、・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・やはり第一幕の日野左衛門の内と、第三幕の善鸞遊興の場と、四幕の黒谷墓地とが芝居として成功する。ハンドルングが多いからだ。しかし監督がよければ、演出次第で芝居としても成功しないはずはないと思うのだが、どういうものか。 ともかくもこの戯曲は・・・ 倉田百三 「『出家とその弟子』の追憶」
・・・破帽をあみだにかぶり直して歌舞伎座、一幕見席の入口に吸いこまれた。 舞台では菊五郎の権八が、したたるほどのみどり色の紋付を着て、赤い脚絆、はたはたと手を打ち鳴らし、「雉も泣かずば撃たれまいに」と呟いた。嗚咽が出て出て、つづけて見ている勇・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・作者は、ファウストの一頁も、ペンテズイレエアの一幕も、おそらくは、読んだことがないのではあるまいか。失礼。ことにこの小説の末尾には、毛をむしられた鶴のばさばさした羽ばたきの音を描写しているのであるが、作者は或いはこの描写に依って、読者に完璧・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・ 高須隆哉が楽屋を訪れたときには、ちょうど一幕目がおわって、さちよは、楽屋で大勢のひとに取り巻かれて坐って、大口あいて笑っていた。煙草のけむりが濛々と部屋に立ちこもり、誰か一こと言い出せば、どっと大勢のひとの笑いの浪が起って、和気あいあ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 第一幕舞台は、伝兵衛宅の茶の間。多少内福らしき地主の家の調度。奥に二階へ通ずる階段が見える。上手は台所、下手は玄関の気持。幕あくと、伝兵衛と数枝、部屋の片隅のストーヴにあたっている。・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・これだけの序曲が終わると同時に第一幕モーリス住み家の場が映し出されるのである。この序曲はかなりおもしろく見られ聞かれる。試みに俳諧連句にしてみると朝霧やパリは眠りのまださめず 河岸のベンチのぬれてやや寒有明の月に薪を取り・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
出典:青空文庫