・・・ 監督は一抱えもありそうな書類をそこに持って出た。一杯機嫌になったらしい小作人たちが挨拶を残して思い思いに帰ってゆく気配が事務所の方でしていた。冷え切った山の中の秋の夜の静まり返った空気の中を、その人たちの跫音がだんだん遠ざかって行った・・・ 有島武郎 「親子」
・・・門の前を通ずる路を横ぎりて直ちに林に入り、林を出ずれば土地にわかにくぼみて一軒の茅屋その屋根のみを現わし水車めぐれり、この辺りには水車場多し、されどこはいと小さき者の一つなり、水車場を離れて孫屋立ち、一抱えばかりの樫七株八株一列に並びて冬は・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・幹が一抱え以上もある柳の樹蔭に腰をおろして、釣糸を垂れた。釣れる場所か、釣れない場所か、それは問題じゃない。他の釣師が一人もいなくて、静かな場所ならそれでいいのだ。釣の妙趣は、魚を多量に釣り上げる事にあるのでは無くて、釣糸を垂れながら静かに・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・林とは云え、枝を交えて高き日を遮ぎる一抱え二抱えの大木はない。木は一坪に一本位の割でその大さも径六七寸位のもののみであろう。不思議にもそれが皆同じ樹である。枝が幹の根を去る六尺位の所から上を向いて、しなやかな線を描いて生えている。その枝が聚・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ ―――――――――――― 一抱えに余る柱を立て並べて造った大廈の奥深い広間に一間四方の炉を切らせて、炭火がおこしてある。その向うに茵を三枚畳ねて敷いて、山椒大夫は几にもたれている。左右には二郎、三郎の二人の息子が狛・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫