・・・今朝は食事前に彼が行って見ると、母は昨日一昨日よりも、ずっと熱が低くなっていた。口を利くのもはきはきしていれば、寝返りをするのも楽そうだった。「お肚はまだ痛むけれど、気分は大へん好くなったよ。」――母自身もそう云っていた。その上あんなに食気・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・しかも一昨日の晩なぞは、僕が女に水晶の双魚の扇墜を贈ったら、女は僕に紫金碧甸の指環を抜いて渡してくれた。と思って眼がさめると、扇墜が見えなくなった代りに、いつか僕の枕もとには、この指環が一つ抜き捨ててある。してみれば女に遇っているのは、全然・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
・・・「帽子を持って寝たのは一昨日の晩で、昨夜はひょっとするとそうするのを忘れたのかも知れない」とふとその時思いました。そう思うと、持って寝たようでもあり、持つのを忘れて寝たようでもあります。「きっと忘れたんだ。そんなら中の口におき忘れてある・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・フレンチが一昨日も昨日も感じていて、友達にも話し、妻にも話した、死刑の立会をするという、自慢の得意の情がまた萌す。なんだかこう、神聖なる刑罰其物のような、ある特殊の物、強大なる物、儼乎として動かざる物が、実際に我身の内に宿ってでもいるような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・初の烏 はい、一昨日から、北海道の方へ。紳士 俺の北海道は、すぐに俺の邸の周囲じゃ。初の烏 はあ、紳士 俺の旅行は、冥土の旅のごときものじゃ。昔から、事が、こういう事が起って、それが破滅に近づく時は、誰もするわ。平凡な手段じ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 一つ、別に、この畷を挟んで、大なる潟が湧いたように、刈田を沈め、鳰を浮かせたのは一昨日の夜の暴風雨の余残と聞いた。蘆の穂に、橋がかかると渡ったのは、横に流るる川筋を、一つらに渺々と汐が満ちたのである。水は光る。 橋の袂にも、蘆の上・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・昨日政夫さんが来るのは解りきって居るのに、姉さんがいろんなことを云って、一昨日お民さんを市川へ帰したんですよ。待つ人があるだっぺとか逢いたい人が待ちどおかっぺとか、当こすりを云ってお民さんを泣かせたりしてネ、お母さんにも何でもいろいろなこと・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ましくなんねいことがあっですよ、あの八田の吉兵エですがね、先月中あなた、山刈と草刈と三丁宛、吟味して打ってくれちもんですから、こっちゃあなた充分に骨を折って仕上げた処、旦那まア聞いて下さい其の吉兵エが一昨日来やがって、村の鍛冶に打たせりゃ、・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・ 五 お光の俥は霊岸島からさらに中洲へ廻って、中洲は例のお仙親子の住居を訪れるので、一昨日媼さんがお光を訪ねた時の話では、明日の夕方か、明後日の午後にと言ったその午後がもう四時すぎ、昨日もいたずらに待惚け食うし、今日・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・私は一昨日「エロチシズムと文学」という題で朝っぱらから放送したが、その時私を紹介したアナウンサーは妙齢の乙女で、「只今よりエロチ……」と言いかけて私を見ると、耳の附根まで赧くなった。私は十五分の予定だったその放送を十分で終ってしまったが、端・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
出典:青空文庫