・・・ところが一昨日から続けざまにいろんな注射をして来たので、到る所の皮下に注射液の固い層が出来て、針が通らない。思い切って入れようとすると、針が折れそうに曲ってしまう。注射で痛めつけて来たその腕が、ふと不憫になるくらいだった。 新吉は左の腕・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・行李一つと夜具だけ上野までチッキをつけて、一昨日ほとんどだしぬけに嫂さんところへ行ってすぐ夜汽車で来るつもりだったんでしょうがね、夜汽車は都合がわるいと止められたんで、一昨日の晩は嫂さんところへ泊って、昨日青森まで嫂さんに送られて一時の急行・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 私たちはまだこんな冗談など言い合ったりしていたが、やがて時間が来て青森を発車すると同時に、私たちの気持もだんだん引緊ってきた。一昨日は落合の火葬場の帰り、戸山ヶ原で私は打倒れそうになったが、今朝は気分もはっきりしていた。三つ目のN駅は・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・ しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののような気がした。俺は反対に不安になり、憂鬱になり、空虚な気持になった。しかし、俺はいまやっとわかった。 おまえ、この爛漫と咲・・・ 梶井基次郎 「桜の樹の下には」
・・・潮遠く引きさりしあとに残るは朽ちたる板、縁欠けたる椀、竹の片、木の片、柄の折れし柄杓などのいろいろ、皆な一昨日の夜の荒の名残なるべし。童らはいちいちこれらを拾いあつめぬ。集めてこれを水ぎわを去るほどよき処、乾ける砂を撰びて積みたり。つみし物・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・それが、丁度、地下から突き出て来るように、一昨日よりは昨日、昨日よりは今日の方がより高くもれ上って来た。彼は、やはり西伯利亜だと思った。氷が次第に地上にもれ上って来ることなどは、内地では見られない現象だ。 子供達は、言葉がうまく通じない・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・もう昨日か、一昨日かに村の大部分が納めてしまったらしく、他に誰れも行っていなかった。収入役は、金高を読み上げて、二人の書記に算盤をおかしていた。源作は、算盤が一と仕切りすむまで待っていた。「おい、源作!」 ふと、嗄れた、太い、力のあ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・男はこの様子を見て四方をきっと見廻わしながら、火鉢越に女の顔近く我顔を出して、極めて低き声ひそひそと、「そんなら汝、おれが一昨日盗賊をして来たんならどうするつもりだ。と四隣へ気を兼ねながら耳語き告ぐ。さすがの女ギョッとして身を退きし・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ 今までは奥戸の池で釣ってたよ、昨日も一昨日も。 釣れたかい。 ああ、鮒が七、八匹。 奥戸というのは対岸で、なるほどそこには浮子釣に適すべき池があることを自分も知っていた。しかし今時分の鮒を釣っても、それが釣という遊びのため・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・と原も微笑んで、「僕はある。一昨日も大学の柏木君に逢ったがね、ああ柏木君も年をとったなあ、とそう思ったよ。誰だって、君、年をとるサ。僕などを見給え。頭に白髪が生えるならまだしもだが、どうかすると髯にまで出るように成ったからねえ」「心細い・・・ 島崎藤村 「並木」
出典:青空文庫