・・・「それよりか写真屋さん。一昨日かしら写したあたしの写真はいつできるんですか」と藤さんが問う。小母さんも、「私ももう五六度写ったはずだがねえ。いつできるんだろう。まだ一枚もくれないのね」と突っ込む。それから小母さんは、向いの地方へ渡って章・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・昨日わが窓より外を眺めていたら、たくさんの烏が一羽の鳶とたたかい、まことに勇壮であったとか、一昨日、墨堤を散歩し奇妙な草花を見つけた、花弁は朝顔に似て小さく豌豆に似て大きくいろ赤きに似て白く珍らしきものゆえ、根ごと抜きとり持ちかえってわが部・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ 「もう始まったですか」 「聞こえんかあの砲が……」 さっきから、天末に一種のとどろきが始まったそうなとは思ったが、まだ遼陽ではないと思っていた。 「鞍山站は落ちたですか」 「一昨日落ちた。敵は遼陽の手前で、一防禦やるら・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・生温く帽を吹く風に、額際から煮染み出す膏と、粘り着く砂埃りとをいっしょに拭い去った一昨日の事を思うと、まるで去年のような心持ちがする。それほどきのうから寒くなった。今夜は一層である。冴返るなどと云う時節でもないに馬鹿馬鹿しいと外套の襟を立て・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・久しぶりで――あんまり久しぶりでもなかッた、一昨日の今夜だッけね。それでもまア久しぶりのつもりで、おい平田、盃を廻したらいいだろう。おッと、お代り目だッた。おい、まだかい。酒だ、酒だ」と、次の間へかけて呼ぶ。「もうすこし。お前さんも性急・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・しかしそれは一昨日あなたに御挨拶をいたさずに逃げ出そうと決心いたしたのが子供らしいと申すのではございません。それはわたくしが最初あなたに手紙を差上げて御面会がいたしたい、おいでを願いたいと申したのが子供らしいと申すのでございます。 こう・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 珠は一昨日の晩よりも、もっともっと赤く、もっともっと速く燃えているのです。 みんなはうっとりみとれてしまいました。兎のおとうさんはだまって玉をホモイに渡してご飯を食べはじめました。ホモイもいつか涙がかわきみんなはまた気持ちよく笑い・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・僕がいつでもあらんかぎり叫んで馳ける時、よろこんできゃっきゃっ云うのは子供ばかりだよ。一昨日だってそうさ。ひるすぎから俄かに僕たちがやり出したんだ。そして僕はある峠を通ったね。栗の木の青いいがを落したり、青葉までがりがりむしってやったね。そ・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・あなたの方のは犯人がつかまって書類が廻ったからいいが…… これで分った。一昨日食堂車へわたるデッキの扉のガラスが破れた時、何心なく、 ――誰がわったの?ときいた。すると、やっぱりこの若い、党員である車掌は珍しく不機嫌に、答えた。・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・それは殿様がお隠れになった当日から一昨日までに殉死した家臣が十余人あって、中にも一昨日は八人一時に切腹し、昨日も一人切腹したので、家中誰一人殉死のことを思わずにいるものはなかったからである。二羽の鷹はどういう手ぬかりで鷹匠衆の手を離れたか、・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫