・・・従って一概に秋を悲しいものときめてしまった昔の歌人などの気持が自分にはさっぱり呑みこめなかったのであった。それが年を取るうちにいつの間にか自分の季節的情感がまるで反対になって、このごろでは初夏の若葉時が年中でいちばん気持のいい、勉強にも遊楽・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・もっとも一概に腕や手を使うだけなら腹にはこたえないという簡単な考えが間違いだという事はすでに経験して知っていた。たとえばタイプライターをたたいたり、ピアノをひいたりするような動作でもどうかするとひどく胃にこたえる事がしばしばあった。ことに文・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・それで、ただ一概に断片的な通俗科学はいかなる場合でも排斥すべきものであるかのような感を読者にいだかせるような所説に対しては、少なくも若干の付加修正を必要とするであろうと思われた。この機会についでながら付記しておく次第である。 ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 芸術家としてどうすれば新しい見方をする事が出来るかという事は一概に云えない。それは人々の天性や傾向にもよる事であろうが、一つにはまた絶えざる努力と修練を要する事は勿論である。然るに現今幾百を数える知名の画家殊に日本画家中で少なくも真剣・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・ そうかと云って一概に私はんだら歯の欠けそうな林檎や、切ったら血のかわりに粘土の出そうな裸体や、夕闇に化けて出そうな樹木や、こういったもの自身に対して特別な共鳴を感ずる訳ではない。しかし、もう少しどうにかならないものかと思う時に私の心は・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・買い物という行為を単に物質的にのみ解釈して、こういう人を一概に愚弄する人があるが、自分はそれは少し無理だと思っている。 ベルリンのカウフハウスでは穀類や生魚を売っていた、ロンドンの三越のような家では犬や猿や小鳥の生きたのを売っていた。生・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・こう云うと、役者や見物を一概に罵倒するようでわるいから、ちょっと説明します。 この間帝国座の二宮君が来て、あなたの明治座の所感と云うものを読んだが、我々の神経は痲痺しているせいだか何だかあなたの口にするような非難はとうてい持ち出す余地が・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・「なるほどそれは一理あるよ、すべての習慣は皆相応の功力があるので維持せらるるのだから、梅干だって一概に馬鹿には出来ないさ」「なんて君まで婆さんの肩を持った日にゃ、僕はいよいよ主人らしからざる心持に成ってしまわあ」と飲みさしの巻煙草を・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・すべて政治家なり文学者なりあるいは実業家なりを比較する場合に誰より誰の方が偉いとか優っているとか云って、一概に上下の区別を立てようとするのはたいていの場合においてその道に暗い素人のやる事であります。専門の智識が豊かでよく事情が精しく分ってい・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・もっとも一概に完全と云いましても、意味の取り方で、いろいろになりますけれども、ここに云うのは仏語などで使う純一無雑まず混り気のないところと見たら差支ないでしょう。例えば鉱のように種々な異分子を含んだ自然物でなくって純金と云ったように精錬した・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
出典:青空文庫