・・・ そこでみんなは色々の農具をもって、まず一番ちかい狼森に行きました。森へ入りますと、すぐしめったつめたい風と朽葉の匂とが、すっとみんなを襲いました。 みんなはどんどん踏みこんで行きました。 すると森の奥の方で何かパチパチ音がしま・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ 一体秋になるといつもなら気が落ついて一年中一番冷静な頭になれる時なんだけれ共今年はそうなれない。 大変な損だ。 秋から冬の間に落ついて私の頭は其の他の時よりも余計に種々の事を収獲するんだけれ共今年は少くとも冬になるまで別にこれ・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・低い方の山は、其日々々に処理して行くもので、その一番上に舌を出したように、赤札の張ってある一綴の書類がある。これが今朝課長に出さなくてはならない、急ぎの事件である。高い方の山は、相間々々にぽつぽつ遣れば好い為事である。当り前の分担事務の外に・・・ 森鴎外 「あそび」
市の中心を距ること遠き公園の人気少き道を男女逍遥す。 女。そこでこれ切りおしまいにいたしましょうね。まあ、お互に成行に任せた方が一番よろしゅうございますからね。つまりそうした時が来ましたのですわ。さあ、お別れにこの手に・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・宇野浩二氏の『子の来歴』に一番打たれた人々も子のない人に多いのは、観賞に際してもあまりに曇りがなかったからに違いない。 よく作家が寄ると、最後には、子供を不良少年にし、餓えさせてしまっても、まだ純創作をつづけなければならぬかどうかという・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・そしてこう思った。なるほどどこにもかしこにも、もう人が寝ているのだな。こう思って壁と併行にそろそろ歩き出した。そして一番暗い隅の所へ近寄って来た時、やっと長椅子の空場所があった。そこへがっかりして腰を下した。じっと坐って、遠慮して足を伸ばそ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・と仰しゃるもんだから、お目に掛ったその日は木登りをして一番大きな松ぼっくりを落したというような事から、いつか船に乗って海へ行って見たいなんていう事まで、いっちまうと、面白がって聞ていて下すったんです。 時々は夢に見たって色々不思議な話し・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・しかるに京都では、この落ちついた冬の樹木の姿が、一番味がある。われわれの祖先の持っていた趣味をいろいろと思い出させる。 中でも圧巻だと思ったのは、雪の景色であった。朝、戸をあけて見ると、ふわふわとした雪が一、二寸積もって、全山をおおうて・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫