・・・けれど、姿が変わっているので、恥ずかしがって顔を外へ出しませんでした。けれど、一目その娘を見た人は、みんなびっくりするような美しい器量でありましたから、中にはどうかしてその娘を見たいと思って、ろうそくを買いにきたものもありました。 おじ・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・が私を一目見て、なんや、あの人ひとの顔もろくろくよう見んとおずおずしたはるやないの、作文つくるのを勉強したはるいうけどちっとも生活能力あれへんやないのと、Kに私のことを随分くさしたからである。「亀さん」はあるデパートのネクタイ部で働いている・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・火鉢の前に中腰になり、酒で染まった顔をその中に突っ込むようにしょんぼり坐っているその容子が、いかにも元気がないと、一目でわかった。蝶子はほっとした。――父親は柳吉の姿を見るなり、寝床の中で、何しに来たと呶鳴りつけたそうである。妻は籍を抜いて・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・除け、それからステップの上へまで溢れた荷物を麻繩が車体へ縛りつけている恰好や――そんな一種の物ものしい特徴で、彼らが今から上り三里下り三里の峠を踰えて半島の南端の港へ十一里の道をゆく自動車であることが一目で知れるのであった。私はそれへ乗って・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・ 池のかなたより二人の小娘、十四と九つばかりなるが手を組みて唄いつつ来たるにあいぬ。一目にて貧しき家の児なるを知りたり。唄うはこのごろ流行る歌と覚しく歌の意はわれに解し難し。ただ二人が唄う節の巧みなる、その声は湿りて重き空気にさびしき波・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・男は三十五六の若紳士、女は庇髪の二十二三としか見えざる若づくり、大友は一目見て非常に驚いた。 足早に橋を渡って、「お正さんお正さん。彼れです。彼の女です!」「まア、彼の人ですか!」とお正も吃驚して見送る。「如何して又、こんな・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 高さと美とは一目見たことが致命的である。より高く、美しいものの一触はそれより低く一通りのものでは満足せしめなくなるものである。それ故に青年時代に高く、美しい書物を読まずに逸することは恐るべく、惜しむべきことである。何をおいても、人間性・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・今手元からずっと現われた竿を見ますと、一目にもわかる実に良いものでしたから、その武士も、思わず竿を握りました。吉は客が竿へ手をかけたのを見ますと、自分の方では持切れませんので、 「放しますよ」といって手を放して終った。竿尻より上の一尺ば・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・然したッた一目で、それが我々の仲間か、それともコソ泥か強盗か直ぐ見分けがついた。――編笠を頭の後にハネ上げ、肩を振って、大股に歩いている、それは同志だった。暗い目差しをし、前こゞみに始終オド/\して歩いている他の犯罪者とハッキリちがっていた・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・家の裏口に出てカルサン穿きで挨拶する養子、帽子を振る三吉、番頭、小僧の店のものから女衆まで、殆んど一目におげんの立つ窓から見えた。「おばあさん――おばあさん」 と三吉が振って見せる帽子も見えなくなる頃は、小山の家の奥座敷の板屋根も、・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫