・・・雲母のような波を刻んでいる東京湾、いろいろな旗を翻した蒸汽船、往来を歩いて行く西洋の男女の姿、それから洋館の空に枝をのばしている、広重めいた松の立木――そこには取材と手法とに共通した、一種の和洋折衷が、明治初期の芸術に特有な、美しい調和を示・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 監督が丁寧に一礼して部屋を引き下がると、一種の気まずさをもって父と彼とは向かい合った。興奮のために父の頬は老年に似ず薄紅くなって、長旅の疲れらしいものは何処にも見えなかった。しかしそれだといって少しも快活ではなかった。自分の後継者であ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・一刹那の間、一種の、何物をか期待し、何物をか捜索するような目なざしをして、名誉職共の顔を見渡した。そしてフレンチは、その目が自分の目と出逢った時に、この男の小さい目の中に、ある特殊の物が電光の如くに耀いたのを認めたように思った。そしてフレン・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・あれだけでも僕みたいな者にゃ一種の重荷だよ。それよりは何処でも構わず腹の空いた時に飛び込んで、自分の好きな物を食った方が可じゃないか。何でも好きなものが食えるんだからなあ。初めの間は腹のへって来るのが楽みで、一日に五回ずつ食ってやった。出掛・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 巣から落ちた木菟の雛ッ子のような小僧に対して、一種の大なる化鳥である。大女の、わけて櫛巻に無雑作に引束ねた黒髪の房々とした濡色と、色の白さは目覚しい。「おやおや……新坊。」 小僧はやっぱり夢中でいた。「おい、新坊。」 ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・予は一種の力に引きおこされるような思いに二階をおりる。 宿をでる。五、六歩で左へおりる。でこぼこした石をつたって二丈ばかりつき立っている、暗黒な大石の下をくぐるとすぐ舟があった。舟子は、縞もめんのカルサンをはいて、大黒ずきんをかぶったか・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・と、気の弱いにも似ず、何となく威だけ高になった友人の姿には、一種の神々しいところがあった。その寂しいほほえみは消えて、顔は、酒の酔いでなく、別の力の熱して来た目つきであった。僕は、周囲の平凡な真ん中で、戦争当時の狂熱に接する様な気がした。・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・椿岳の伝統を破った飄逸な画を鑑賞するものは先ずこの旧棲を訪うて、画房や前栽に漾う一種異様な蕭散の気分に浸らなければその画を身読する事は出来ないが、今ではバラックの仮住居で、故人を偲ぶ旧観の片影をだも認められない。 寒月の名は西鶴の発見者・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・学校の先生になるということは一種特別の天職だと私は思っております。よい先生というものはかならずしも大学者ではない。大島君もご承知でございますが、私どもが札幌におりましたときに、クラーク先生という人が教師であって、植物学を受け持っておりました・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・よし単調な色彩であっても、そこに一種云うべからざる魅力と、奪うべからざる力を描出し得ると思う。この事はいつか詳しく云いたいと思っている。 僕は批評と云わず、作と云わず、セルフのないものは充らないと思う。只単に旨いと思って読むものと、・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
出典:青空文庫