・・・これは治修の事を処する面目の一端を語っているから、大略を下に抜き書して見よう。「ある時石川郡市川村の青田へ丹頂の鶴群れ下れるよし、御鳥見役より御鷹部屋へ御注進になり、若年寄より直接言上に及びければ、上様には御満悦に思召され、翌朝卯の刻御・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・その償いの一端にさえ、あらゆる身上を煙にして、なお足りないくらいで、焼あとには灰らしい灰も残らなかった。 貧乏寺の一間を借りて、墓の影法師のように日を送る。―― 十日ばかり前である。 渠が寝られぬ短夜に……疲れて、寝忘れて遅く起・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・が、名を知られ、売れッこになってからは、気振りにも出さず、事の一端に触れるのをさえ避けるようになった。苦心談、立志談は、往々にして、その反対の意味の、自己吹聴と、陰性の自讃、卑下高慢になるのに気附いたのである。談中――主なるものは、茸で、渠・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・沓脱は大戸を明けて、直ぐその通庭なる土間の一端にありて、上り口は拭き込みたる板敷なり。これに続ける六畳は、店と奥との中の間にて、土地の方言茶の室と呼べり。その茶の間の一方に長火鉢を据えて、背に竹細工の茶棚を控え、九谷焼、赤絵の茶碗、吸子など・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・黄色い雲の一端に紅をそそいだようである。 松はとうていこの世のものではない。万葉集に玉松という形容語があるが、真に玉松である。幹の赤い色は、てらてら光るのである。ひとかかえもある珊瑚を見るようだ。珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・省作はわれ自らもまた自然中の一物に加わり、その大いなる力に同化せられ、その力の一端がわが肉体にもわが精神にも通いきて、新たなる生命にいきかえったような思いである。おとよさんやおはまや、晴ればれと元気のよい、毛の先ほども憎気のない人たちと打ち・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 殊にお掛屋の株を買って多年の心願の一端が協ってからは木剣、刺股、袖搦を玄関に飾って威儀堂々と構えて軒並の町家を下目に見ていた。世間並のお世辞上手な利口者なら町内の交際ぐらいは格別辛くも思わないはずだが、毎年の元旦に町名主の玄関で叩頭を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・鴎外は各国博物館の業績に深く潜思して、就任後一、二回落合った偶然の咄のついでにも抱負の一端を洩らしていた。もし長くその椅子に坐していたら必ず新生面を拓く種々の胸算があったろうと思う。正倉院の門戸を解放して民間篤志家の拝観を許されるようになっ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・人間てものは誰でも誤って邪路に踏迷う事があるが、心から悔悛めれば罪は奇麗に拭い去られると懇々説諭して、俺はお前に顔へ泥を塗られたからって一端の過失のために前途にドンナ光明が待ってるかも解らないお前の一生を葬ってしまいたくない。なお更これから・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・あるいは麦畑の一端、野原のままで残り、尾花野菊が風に吹かれている。萱原の一端がしだいに高まって、そのはてが天ぎわをかぎっていて、そこへ爪先あがりに登ってみると、林の絶え間を国境に連なる秩父の諸嶺が黒く横たわッていて、あたかも地平線上を走って・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
出典:青空文庫