・・・忌いましい物売りを一蹴したのはハヴァナを吸ったのよりも愉快である。彼はズボンのポケットの底の六十何銭かも忘れたまま、プラットフォオムの先へ歩いて行った。ちょうどワグラムの一戦に大勝を博したナポレオンのように。…… ―――・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・沼南が大隈参議と進退を侶にし、今の次官よりも重く見られた文部権大書記官の栄位を弊履の如く一蹴して野に下り、矢野文雄や小野梓と並んで改進党の三領袖として声望隆々とした頃の先夫人は才貌双絶の艶名を鳴らしたもんだった。 その頃私は番町の島田邸・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 彼の都会に於て、虚栄の町に於て、もしくは富豪の家庭にて、潜在する如き幾多の虚偽と罪悪に満ちた生活には、外面は城壁で守られ、また剣で講られる必要があっても、内部に何の反撥する力というものが存在しない。一蹴すれば、蟻の塔のようにもろく壊れてし・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・ かくいい放って誘惑を一蹴した。時宗が嘆じて「ああ日蓮は真に大丈夫である。自ら仏使と称するも宜なる哉」とついに文永十一年五月宗門弘通許可状を下し、日蓮をもって、「後代にも有り難き高僧、何の宗か之に比せん。日本国中に宗弘して妨げあるべから・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ ところが、このプロレタリア文学の側から見れば文芸における階級性の問題を時の勢に乗じて一蹴したと見られる文芸復興の呼び声は、はからずブルジョア文学の上にも深い共鳴と動揺とを起す結果となった。ブルジョア作家が自身の行づまりを感じ、創作力の・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・はじめは楽観から赤の理窟と一蹴して、国賊排撃に共感していた人々も、おいおい様子があやしくなって本能的な不安に襲われはじめた。ファシスト権力の狂奔はその時期に入って白熱した。人々の不安を国家存亡の危機という表現に結集させた。ひとことも、軍事的・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
出典:青空文庫