・・・己はいつもこんな風に遠方を見て感じているが、一転して近い処を見るというと、まあ、何たる殺風景な事だろう。何だかこの往来、この建物の周囲には、この世に生れてから味わずにしまった愉快や、泣かずに済んだ涙や、意味のないあこがれや、当の知れぬ恋なぞ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・則ち人類から他の哺乳類鳥類爬虫類魚類それから節足動物とか軟体動物とか乃至原生動物それから一転して植物、の細菌類、それから多細胞の羊歯類顕花植物と斯う連続しているからもし動物がかあいそうなら生物みんな可哀そうになれ、顕花植物なども食べても切っ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ それらと闘いぬいて出て来ると、敵は何とかケチをつけるため、父親が一札を入れたおかげで出されたのだとか、あやまったからだとか「今回の検挙によって思想上に一転機を来した」から釈放されたとか、ブル新聞に書き立てさせる。文化活動者として私をわれわ・・・ 宮本百合子 「逆襲をもって私は戦います」
・・・と題してきり出された勇ましいその評論も、すえは何となししんみりして、最後のくだり一転は筆者がひとしおいとしく思っている心境小説の作家尾崎一雄を、ひいきしている故にたしなめるという前おきできめつける、歌舞伎ごのみの思い入れにおわった。ジャーナ・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・とし、更に一転して「ひとり芸術至上主義者に限らず、僕はあらゆる至上主義者、――たとへばマッサアジ至上主義者にも好意と尊敬とを有するを常とす」と彼らしく皮肉な自己の知的優越をもほのめかさずにはいられなかった。当時流行作家であったと共に一部から・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ レーニンが、世界の歴史を一転させた十月革命を通して、贅沢どころか一身の休みを考えるひまさえなかったことは、誰にでも分るけれども、質素をきわめたレーニンの室を眺め、窓からスモーリヌイの巨大な建物の裏側の景色を眺めているうちに、日本女は、・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ 今日は世界が歴史の深刻な一転機に面していて、地球はその緊張で震えんばかりである。鋭い、人間らしい、そして若々しい知性の苦しみも従って深刻であり、声なき呻吟にみちている。私たち婦人が誠意をもって自身の知性の問題をとりあげようとするな・・・ 宮本百合子 「知性の開眼」
・・・しかし一転してわが身の上を顧みれば、彼と我れとの間に、はたしてどれほどの差があるか。自分も上からもらう扶持米を、右から左へ人手に渡して暮らしているに過ぎぬではないか。彼と我れとの相違は、いわば十露盤の桁が違っているだけで、喜助のありがたがる・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・ 僕の考は又一転して太郎の上に及んだ。あれは一体どんな女だろう。破産の噂が、殆ど別な世界に栖息していると云って好い僕なんぞの耳に這入る位であるから、怜悧らしいあの女がそれに気が附かずにいる筈はない。なぜ死期の近い病人の体を蝨が離れるよう・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・ しかし、彼らがそれを感ずるのは、一転の瞬間である。彼らの眼は直ちに正面の「偶像」に吸い寄せられる。そうしてその瞬間にまた、極度に緊張した彼らの全心を奪うような烈しい身震いが、走りまた走る。彼らはおのずから頭を垂れ、おのずから合掌して、・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫