・・・――あの、実は、今しがた、遠方のお客様から電報が入りまして、この三時十分に動橋へ着きます汽車で、当方へおいでになるッて事だものですから、あとは皆年下の女たちが疲れて寝ていますし……私がお世話を申上げますので。あの、久しぶりで宵に髪を洗いまし・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・締切を過ぎて、何度も東京の雑誌社から電報の催促を受けている原稿だったが、今日の午後三時までに近所の郵便局へ持って行けば、間に合うかも知れなかった。「三時、三時……」 三時になれば眠れるぞと、子供をあやすように自分に言いきかせて、――・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ああ、夜ほど恐いもの、厭なものは無い。三時の茶菓子に、安藤坂の紅谷の最中を食べてから、母上を相手に、飯事の遊びをするかせぬ中、障子に映る黄い夕陽の影の見る見る消えて、西風の音、樹木に響き、座敷の床間の黒い壁が、真先に暗くなって行く。母さんお・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ すっかり飾って仕舞うと三時近い。 顔が熱くなって唇がブルブルして居る。 S子の顔を見るまでは落つけないのだから―― 今ベルがなるか今ベルがなるかと聞耳をたてて居る。 ジジー! ベルがなる。 私は玄関に飛び出す。・・・ 宮本百合子 「秋風」
出典:青空文庫