・・・が、少からず愛惜の念を生じたのは、おなじ麹町だが、土手三番町に住った頃であった。春も深く、やがて梅雨も近かった。……庭に柿の老樹が一株。遣放しに手入れをしないから、根まわり雑草の生えた飛石の上を、ちょこちょことよりは、ふよふよと雀が一羽、羽・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
私の実見は、唯のこれが一度だが、実際にいやだった、それは曾て、麹町三番町に住んでいた時なので、其家の間取というのは、頗る稀れな、一寸字に書いてみようなら、恰も呂の字の形とでも言おうか、その中央の棒が廊下ともつかず座敷ともつ・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・翌年七十一で旧藩の桜田邸に移り、七十三のときまた土手三番町に移った。 仲平の亡くなったのは、七十八の年の九月二十三日である。謙助と淑子との間に出来た、十歳の孫千菊が家を継いだ。千菊の夭折したあとは小太郎の二男三郎が立てた。大正三年四・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫