・・・たとえば三角関係などは近代的恋愛の一例ですからね。少くとも日本の現状では。 保吉 ああ、三角関係ですか? それは僕の小説にも三角関係は出て来るのです。……ざっと筋を話して見ましょうか? 主筆 そうして頂ければ好都合です。 保吉 ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・ 銀灰色の靄と青い油のような川の水と、吐息のような、おぼつかない汽笛の音と、石炭船の鳶色の三角帆と、――すべてやみがたい哀愁をよび起すこれらの川のながめは、いかに自分の幼い心を、その岸に立つ楊柳の葉のごとく、おののかせたことであろう。・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・と呼ぶ三角洲を左にしながら、二時前後の湘江を走って行った。からりと晴れ上った五月の天気は両岸の風景を鮮かにしていた。僕等の右に連った長沙も白壁や瓦屋根の光っているだけにきのうほど憂鬱には見えなかった。まして柑類の木の茂った、石垣の長い三角洲・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・妻は、模様も分らなくなった風呂敷を三角に折って露西亜人のように頬かむりをして、赤坊を背中に背負いこんで、せっせと小枝や根っこを拾った。仁右衛門は一本の鍬で四町にあまる畑の一隅から掘り起しはじめた。外の小作人は野良仕事に片をつけて、今は雪囲を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・へん、大袈裟な真似をしやがって、 と云う声がしたので、見ると大黒帽の上から三角布で頬被りをした男が、不平相にあたりを見廻して居たが、一人の巡査が彼を見おろして居るのに気が附くと、しげしげそれを見返して、唾でも吐き出す様に、・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・ その近山の裾は半ば陰ったが、病院とは向う合せに、この畷から少し低く、下りめになって、陽の一杯に当る枯草の路が、ちょろちょろとついて、その径と、畷の交叉点がゆるく三角になって、十坪ばかりの畑が一枚。見霽の野山の中に一つある。一方が広々と・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・今なら文部省に睨まれ教育界から顰蹙される頗る放胆な自由恋愛説が官学の中から鼓吹され、当の文部大臣の家庭に三角恋愛の破綻を生じた如き、当時の欧化熱は今どころじゃなかった。 先年侯井上が薨去した時、侯の憶い出咄として新聞紙面を賑わしたのはこ・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・ 世相は歪んだ表情を呈しているが、新吉にとっては、世相は三角でも四角でもなかった。やはり坂道を泥まみれになって転がって行く円い玉であった。この円い玉をどこまで追って行っても、世相を捉えることは出来ない。目まぐるしい変転する世相の逃足の早・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ 登勢はいやな顔一つ見せなかったから、痒いところへ届かせるその手の左利きをお定はふとあわれみそうなものだのに、やはり三角の眼を光らせて、鈍臭い、右の手使いなはれ。そして夜中用事がなくても呼び起すので、登勢は帯を解く間もなく、いつか眼のふ・・・ 織田作之助 「螢」
餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困ると・・・ 国木田独歩 「置土産」
出典:青空文庫