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・・・それはそのお婆さんがある日上がり框から座敷の長火鉢の方へあがって行きかけたまま脳溢血かなにかで死んでしまったというので非常にあっけない話であったが、吉田の母親はあのお婆さんに死なれてはあの娘も一遍に気を落としてしまっただろうとそのことばかり・・・
梶井基次郎
「のんきな患者」
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・・・黒光りのする店先の上がり框に腰を掛けた五十歳の父は、猟虎の毛皮の襟のついたマントを着ていたようである。その頭の上には魚尾形のガスの炎が深呼吸をしていた。じょさいのない中老店員の一人は、顧客の老軍人の秘蔵子らしいお坊っちゃんの自分の前に、当時・・・
寺田寅彦
「銀座アルプス」