・・・「私も牧野さんに頼まれたから、一度は引き受けて見たようなものの、万一ばれた日にゃ大事だと、無事に神戸へ上がるまでにゃ、随分これでも気を揉みましたぜ。」「へん、そう云う危い橋なら、渡りつけているだろうに、――」「冗談云っちゃいけな・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 五、六丁線路を伝って、ちょっとした切崕を上がるとそこは農場の構えの中になっていた。まだ収穫を終わらない大豆畑すらも、枯れた株だけが立ち続いていた。斑ら生えのしたかたくなな雑草の見える場所を除いては、紫色に黒ずんで一面に地膚をさらけてい・・・ 有島武郎 「親子」
・・・土を引掻いて起上がる始末で、人間もこうなると浅間しい。……行暮れた旅人が灯をたよるように、山賊の棲でも、いかさま碁会所でも、気障な奴でも、路地が曲りくねっていても、何となく便る気が出て。――町のちゃら金の店を覗くと、出窓の処に、忠臣蔵の雪の・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と、あ、と声を内へ引いて遁込んで、けたたましい足音で、階子壇を駆上がると、あれえあれえと二階を飛廻って欄干へ出た。赤い鼠がそこまで追廻したものらしい。キャッとそこで悲鳴を立てると、女は、宙へ、飛上った。粂の仙人を倒だ、その白さったら、と消・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・二人は旅銀の乏しさに、そんならそうときめて泊まって、湯から上がると、その約束の蕎麦が出る。さっそくにくいかかって、喜多八、こっちの方では蕎麦はいいが、したじが悪いにはあやまる。弥次郎、そのかわりにお給仕がうつくしいからいい、のう姐さん、と洒・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 省作は笑いながらそういって、えん側へ上がる。母は手の物を置いて、眼鏡越しに省作の顔を視つめながら、「そらまあ……」 驚いた母はすぐにあとのことばが出ぬらしい。省作はかえって、母に逢ったら元気づいた。これで見ると、省作も出てくる・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
青い、美しい空の下に、黒い煙の上がる、煙突の幾本か立った工場がありました。その工場の中では、飴チョコを製造していました。 製造された飴チョコは、小さな箱の中に入れられて、方々の町や、村や、また都会に向かって送られるのでありました。・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・太陽が上がると、彼は、昨日のところにやってきました。すると、いつのまにか自分より早く、あばた面がそこにきてすわっているのでした。「昨夜、俺がおまえを助けてやったんだ。今日は、ほかをまわるか、休んで宿にいろ。そのかわり、俺がたくさんもらっ・・・ 小川未明 「石をのせた車」
梅雨のうちに、花という花はたいていちってしまって、雨が上がると、いよいよ輝かしい夏がくるのであります。 ちょうどその季節でありました。遠い、あちらにあたって、カン、カン、カンカラカンノカン、……という磬の音がきこえてきました。・・・ 小川未明 「海ほおずき」
・・・ここへ上がると、それは、すてきだから。あちらに町が見えるし、また遠い村のお宮の屋根も見えて、いい景色だぜ。」と、桜の木は、やさしく、いってくれたのでありました。 あるときは、生徒たちが、二組に分かれて、競技をしたことがあります。そんな場・・・ 小川未明 「学校の桜の木」
出典:青空文庫