・・・そしてそれは上出来だった。 見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・そして心中ひそかに不平でならぬのは志村の画必ずしも能く出来ていない時でも校長をはじめ衆人がこれを激賞し、自分の画は確かに上出来であっても、さまで賞めてくれ手のないことである。少年ながらも自分は人気というものを悪んでいた。 或日学校で生徒・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・この男が自分の倪雲林の山水一幅、すばらしい上出来なのを廷珸に託して売ってもらおうとしていた。価は百二十金で、ちょっとはないほどのものだった。で、廷珸の手へ託しては置いたが、金高ものでもあり、口が遠くて長くなる間に、どんな事が起らぬとも限らぬ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ その辺の応答までは、まず上出来の部類なのであるが、あと、だんだんいけなくなる。しどろもどろになるのである。「どう思います、このごろの他の人の小説を、どう思います。」と問われて、私は、ひどくまごつく。敢然たる言葉を私は、何も持ってい・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ 茶店に到着して、すなわち床几にあぐらをかいて、静かに池の面に視線を放ち、これでよし、と再び残忍な気持でほくそ笑んだところ迄は上出来であったが、それからが、いけなかった。私がおしるこ二つ、と茶店の老婆に命じたところ、少年は、「親子ど・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ とおっしゃって、孫次郎というあでやかな能面の写真と、雪の小面という可憐な能面の写真と二枚ならべて壁に張りつけて下さったところまでは上出来でございましたが、それから、さらにまた、兄さんのしかめつらの写真をその二枚の能面の写真の間に、ぴた・・・ 太宰治 「雪の夜の話」
・・・ 主役三人姉妹も上出来のようである。苦労にやつれた姉娘とほがらかでわがままな末のモダーン娘との中に立つ姉妹思いのお染の役がオリジナルな表情の持ち主で引き立っている。そうして端役に出る無表情でばかのような三人の門付け娘が非常に重大な「さび・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・細君は上出来の辣韮のように見受けらるる。今余の案内をしている婆さんはあんぱんのごとく丸るい。余が婆さんの顔を見てなるほど丸いなと思うとき婆さんはまた何年何月何日を誦し出した。余は再び窓から首を出した。 カーライル云う。裏の窓より見渡せば・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・師に聞た通りを目のあたり自ら実行するとは、あにはからんや、 監督官云う、「初めから腰を据えようなどというのが間違っている、ペダルに足をかけようとしても駄目だよ、ただしがみついて車が一回転でもすれば上出来なんだ」、と心細いこと限りなし、あ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・定規をつかってすべての水平線を引いたところまでは上出来であった。ところが縦に垂直線を引くと、恐るべき結果が生じた。窓がすっかり壁の中仕切のところへ飛び込んでしまったばかりか、明り窓は煙突の上にのっかってしまっている。ゴーリキイは、その時の困・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫