・・・滑かな上方弁の会話が、纏綿として進行する間に、かちゃかちゃ云うフォオクの音が、しきりなく耳にはいって来た。 が、幸い本間さんには、少しもそれが気にならない。何故かと云うと、本間さんの頭には、今見て来た驚くべき光景が、一ぱいになって拡がっ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・尤も長崎から上方に来たのはかなり古い時代で、西鶴の作にも軽焼の名が見えるから天和貞享頃には最う上方人に賞翫されていたものと見える。江戸に渡ったのはいつ頃か知らぬが、享保板の『続江戸砂子』に軽焼屋として浅草誓願寺前茗荷屋九兵衛の名が見える。み・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・出血を止めるため傷の上方をかたく紐で縛りつけた。それで手の方へは殆んど血が通わなくなっているのだった。腕は鉛の分銅でも吊るしているように重かった。「あゝ、たまらん。早よ軍医殿にそう云って呉れろ!」 着かえたばかりの病衣に血がにじみだ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・斗賀野 「ツク」上方に拡がる「ヌ平原丘。四万十川 「シ」甚だ。「マムタ」美しき。布師田 北海道に「ヌノユシ」の地名がある。蓬野の義である。伊尾木 「イオチ」は蛇の居るであるか。またセマング語で「イオ」は森、「クイン」は樹であ・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・上層の風は西から東へ流れているらしく、それが地形の影響を受けて上方に吹きあがる所には雲ができてそこに固定しへばりついているらしかった。磁石とコンパスでこれらの雲のおおよその方角と高度を測って、そして雲の高さを仮定して算出したその位置を地図の・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ある夏中庭の花壇にこの花を作ったとき、一日試みに二つのうつ向いたつぼみの上方にヘアピン形に折れ曲がった茎を紙撚りのひもでそっと縛っておいた。それから二三日たって気がついて見ると、一つは紙ひもがほどけかかってつぼみの軸は下方の鉛直な茎に対して・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・二 おひろの家へ行ってみると、久しく見なかったおひろの姉のお絹が、上方風の長火鉢の傍にいて、薄暗いなかにほの白いその顔が見えた。涼しい滝縞の暖簾を捲きあげた北国特有の陰気な中の間に、著物を著かえているおひろの姿も見えた。・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ここでわれわれの非常な興味を引くことは、例えば同じ徳川時代の封建的文化といっても、そこには上方文化即ち貴族、武士の文化と江戸大阪などの町人文化とが存在したことである。これは疑いもなく武士や貴族が能や円山派の大名好みの絵などを好んだに対して、・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・が上方で華やかな世評を喚起したのもこの前後であった。京都生れの武士であった近松は、当時崩れゆく武家の経済事情に押し流されて、いくつかの主家を転々した末は浪人して、歌舞伎の大成期であったその時代から辛苦の多い劇作家の生活に入った。芭蕉よりは十・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・ 益軒の時代は、さっき触れたような商人擡頭の時代であって、歌舞、音曲、芝居なども流行をきわめ、上方あたりの成金の妻女は、あらゆる贅沢と放埒にふけった例もあった。西鶴の小説が語っているような有様であったから、近松の浄瑠璃が描き出しているよ・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
出典:青空文庫