・・・お庇様で助かりました。上杉さん、あなたは酷い、酷い、酷いもの飲ませたから。」 と優しき、されど邪慳を装える色なりけり。心なき高津の何をか興ずる。「ねえ、ミリヤアドさん、あんなものお飲ませだからですねえ。新さんが悪いんだよ。」「困・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・葛西金町を中心としての野戦の如き、彼我の五、六の大将が頻りに一騎打の勇戦をしているが、上杉・長尾・千葉・滸我らを合すればかなりな兵数になる軍勢は一体何をしていたのか、喊の声さえ挙げていないようだ。その頃はモウかなり戦術が開けて来たのだが、大・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・武田信玄は飯綱山に祈願をさせている。上杉謙信がそれを見て嘲笑って、信玄、弓箭では意をば得ぬより権現の力を藉ろうとや、謙信が武勇優れるに似たり、と笑ったというが、どうして信玄は飯綱どころか、禅宗でも、天台宗でも、一向宗までも呑吐して、諸国への・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・と題して、上杉謙信の春日山の城で大石が二つある日の夕方しきりにおどり動いて相衝突し夜半過ぎまでけんかをして結局互いに砕けてしまった。それからまもなく謙信が病死したとある。これももちろんあまり当てにならない話であるが、しかし作りごとに・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・旧藩主上杉伯の伴侶としてイギリスに旅立った。留守宅の収入は文部省官吏とし月給半額。妻と三子あり。高等学校の学生であった頃から父の洋行したい心持はつよく、ロンドンやパリの地図はヴェデカの古本を買って暗記する位であった由。この知識が偶然の功を奏・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ 頭のさっぱりしないのは余り明くない病室の燈で多くの注意を病児に向けながらも尚一生懸命に上杉博士の憲法の講義を読んだりして四時まで起きて居たためだと分ると、何だか思い掛けず自分の体は弱い情無いものの様に感ぜられました。 彼女は帯をし・・・ 宮本百合子 「二月七日」
・・・その北海道へ手をつけていた某華族は、明治に入ってから尨大な財産を持つことになったのを見て、政恒は、俺の云うことをきいておれば上杉家は大金持になったのに、と云った由。祖父は進取の方の気質で、丁髷も藩士のうちでは早く剪った方らしく、或る日外出し・・・ 宮本百合子 「明治のランプ」
・・・当時田辺城には松向寺殿三斎忠興公御立籠り遊ばされおり候ところ、神君上杉景勝を討たせ給うにより、三斎公も随従遊ばされ、跡には泰勝院殿幽斎藤孝公御留守遊ばされ候。景一は京都赤松殿邸にありし時、烏丸光広卿と相識に相成りおり候。これは光広卿が幽斎公・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・これは祖先以来の出入先で、本郷五丁目の加賀中将家、桜田堀通の上杉侍従家、桜田霞が関の松平少将家の三家がその主なるものであった。加賀の前田は金沢、上杉は米沢、浅野松平は広島の城主である。 文政の初年には竜池が家に、父母伊兵衛夫婦が存命して・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・先に武田信玄が死んでから七年目に、上杉謙信が死んだ。三十六歳で右近衛権少将にせられた家康の一門はますます栄えて、嫡子二郎三郎信康が二十一歳になり、二男於義丸(秀康が五歳になった時、世にいう築山殿事件が起こって、信康はむざんにも信長の嫌疑のた・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫