・・・ だが下らない前置を長ったらしくやったものだ。 私は未だ極道な青年だった。船員が極り切って着ている、続きの菜っ葉服が、矢っ張り私の唯一の衣類であった。 私は半月余り前、フランテンの欧洲航路を終えて帰った許りの所だった。船は、・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・―― 安岡は、そんな下らないことに頭を疲らすことが、どんなに明日の課業に影響するかを思って、再び、一二三四と数え始めた。が、彼が眠りについたのは、起きなければならない一時間前であった。 その次の夜であった。 安岡は前夜の睡眠不足・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・で、自分の理想からいえば、不埒な不埒な人間となって、銭を取りは取ったが、どうも自分ながら情ない、愛想の尽きた下らない人間だと熟々自覚する。そこで苦悶の極、自ら放った声が、くたばって仕舞え! 世間では、私の号に就ていろんな臆説を伝えている・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・そうだとすればおれは一層おもしろいのだ、まあそんな下らない話はやめろ、そんなことは昔の坊主どもの言うこった、見ろ、向うを雁が行くだろう、おれは仕止と従弟のかたは鉄砲を構えて、走って見えなくなりました。 須利耶さまは、その大きな黒い雁の列・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 妙にそわそわして胸がどきどきする。 母に笑われる。でも仕方がない。 花を折りに庭へ出て書斎の前の、低い小さな「□□(石」から足を踏みはずしてころぶ。 下らない事をしたものだと思うけれ共、急いたり、あんまり喜んだりするときっ・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・口あくと歯にしみる風は願うても吹いては居ぬ、サ、今のあてものでも云って見なされ下らない様でも面白いものじゃ。第三の精霊 私しゃ考えて居るのじゃ。第一の精霊 とは御相拶な、考える事のなさそうなお身が考えて居るとは、――今のあてものかそ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・そりゃ下らないこった。が、俺は十一年間自分の洗濯もんや朝飯のことは考えずにやって来たんだ。」 こういう不平を、ドミトリーはそれも家で云うのではない。工場管理者室で、事務机の前でインガに云うのであった。さすがにまさか、それだけを云いに来た・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・ どうぞこんな下らない話でも、出すならそっくり出して下さい。此頃は談話の校正をさせて貰う約束をしても、ほとんど全くその約束が履行せられないことになって来ました。話には順序や語気があって、それで意味が変って来ます。先ず此頃談話して公にせら・・・ 森鴎外 「Resignation の説」
・・・死ぬなんていうことは、下らない、何んでもない、馬鹿馬鹿しいことなんだ。」「あたし、もうこれ以上苦しむのは、いや。」と妻はいった。「そりゃ、そうだ。苦しむなんて、馬鹿な話だ。しかし、生きているからって、お前は俺に気がねする必要は、少し・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・この詞を、フィンクは相手の話を遮るように云って、そして心のうちでは、また下らないことを云ったなと後悔した。「ええ。わたくしはまだ若うございます。」女はさっぱりと云った。そしてそう云いながら微笑んだらしく思われた。それからこう云った。「そ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫