・・・僕はこの心もちの中に中産下層階級を感じている。今日でも中産下層階級の子弟は何か買いものをするたびにやはり一円持っているものの、一円をすっかり使うことに逡巡してはいないであろうか? 四二 虚栄心 ある冬に近い日の暮れ、・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・貴族や富豪に虐げられる下層階級者に同情していても権力階級の存在は社会組織上止むを得ざるものと見做し、渠らに味方しないまでも呪咀するほどに憎まなかった。 二葉亭はヘルチェンやバクーニンを初め近世社会主義の思想史にほぼ通じていた。就中ヘルチ・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・と、それから今の女の教育が何の役にも立たない事、今の女の学問が紅白粉のお化粧同様である事、真の人間を作るには学問教育よりは人生の実際の塩辛い経験が大切である事、茶屋女とか芸者とかいうような下層に沈淪した女が案外な道徳的感情に富んでいて、率と・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・夜間は陸上の空気が海上のものよりも著しく冷却するから、これと反対の過程が行なわれて、上層では海のほうから陸へ、下層では陸から海へ微風が吹く、これがいわゆる陸風である。 これはすでによく知られた事実である。 上層と下層とで風向きが反対・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・このように、遂げられなかった欲望がやっと遂げられたときの狂喜と、底なしの絶望の闇に一道の希望の微光がさしはじめた瞬間の慟哭とは一見無関係のようではあるが、実は一つの階段の上層と下層とに配列されるべきものではないかと思われる。 この流涕の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・それである一つの歌と次の歌とが表面上関係はないようでも、それから少し下層へ掘込んで行くとどこかで、しっかり必然的につながっているように思われ、それを掘込んで行くときに結局不知不識に自分自身の体験の世界に分け入ってその世界の中でそれに相当する・・・ 寺田寅彦 「書簡(2[#「2」はローマ数字2、1-13-22])」
・・・昨年の颱風の上陸したのは早朝であったのでその前にも空はいくらかもう明るかったであろうから、ことによるといわゆる颱風眼の上層に雲のない区域が出来て、そこから空の曙光が洩れて下層の雨の柱でも照らしたのではないかという想像もされなくはないが、何分・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・凍雨の方は上層で出来た雨滴が下層の寒冷な空気を通過するうちにだんだん冷却して外部から氷結し始めるということは、内部に水や不透明の部分のある事から推定される。また中層の温暖な層の上に雪雲がある場合には、そこから落ちる雪片の一部は中層を通る時に・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・上層と下層における魚類の色を自然淘汰によって説明した動物学者があるが、その基礎とするところは海中における光の吸収の研究である。また海岸の森林が魚類に如何なる影響があるかという問題があるが、これもいわゆる魚視界と名づける光学上の問題が多少関係・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・なるほど洋琴の音もやみ、犬の声もやみ、鶏の声、鸚鵡の声も案のごとく聞えなくなったが下層にいるときは考だに及ばなかった寺の鐘、汽車の笛さては何とも知れず遠きより来る下界の声が呪のごとく彼を追いかけて旧のごとくに彼の神経を苦しめた。 声。英・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
出典:青空文庫