・・・と見ると鯱に似て、彼が城の天守に金銀を鎧った諸侯なるに対して、これは赤合羽を絡った下郎が、蒼黒い魚身を、血に底光りしつつ、ずしずしと揺られていた。 かばかりの大石投魚の、さて価値といえば、両を出ない。七八十銭に過ぎないことを、あとで聞い・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・これを要するに、今の紳士も学者も不学者も、全体の言行の高尚なるにかかわらず、品行の一点においては、不釣合に下等なる者多くして、俗言これを評すれば、御座に出されぬ下郎と称して可なるが如し。花柳の間に奔々して青楼の酒に酔い、別荘妾宅の会宴に出入・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・そこに居るのはどこの下郎の子じゃ、早う下りて参れ、折檻してつかわす。 とな。そなたの主人じゃ、わしじゃ。 と幾度申しても、いくらお小さくても皇帝におなりなされるお方は木にはおのぼりなされても下郎の・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・というと、さも見下果たという様子を口元にあらわして、僕の手を思い入れ握りしめ、「どうしてどうしてお死になされたとわたしが申た愛しいお方の側へ、従四位様を並べたら、まるで下郎を以て往たようだろうよ」と仰有ってまたちょっと口を結び、力のなさそう・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫