・・・(ちょっと順序を附 宗吉は学資もなしに、無鉄砲に国を出て、行処のなさに、その頃、ある一団の、取留めのない不体裁なその日ぐらしの人たちの世話になって、辛うじて雨露を凌いでいた。 その人たちというのは、主に懶惰、放蕩のため、世に見棄・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ ああ、人間は、ものを食べなければ生きて居られないとは、何という不体裁な事でしょう。「おい、戦争がもっと苛烈になって来て、にぎりめし一つを奪い合いしなければ生きてゆけないようになったら、おれはもう、生きるのをやめるよ。にぎりめし争奪戦参・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・といった工合いに手当りしだいの感情を、われに益する云々てう句に填め込んでいってみても、さほど不体裁な言葉にならぬ。いっそ、「どんな感情でも、自分が可愛いからこそ起る。」と言ってしまっても、どこやら耳あたらしい一理窟として通る。献身とか謙譲と・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・そして自分は比較する気もなく、不体裁なる洋服を着た貴族院議員が日比谷の議場に集合する光景に思い至らねばならぬ。 これにつけてもわれわれはかのアングロサキソン人種が齎した散文的実利的な文明に基いて、没趣味なる薩長人の経営した明治の新時代に・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・から退却にしようか落車にしようかなどの分別は、さすがの吾輩にも出なかったと見えて、おやと思ったら身体はもう落ちておった、落方が少々まずかったので、落る時左の手でしたたか馬の太腹を叩いて、からくも四這の不体裁を免がれた、やれうれしやと思う間も・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・一般社会の風紀から云うと裸体と云うものは、見苦しい不体裁であります。西洋人が何と云おうと、そうに違ありません。私が保証します。しかしながら、人体の感覚美をあらわすためには、是非共裸体にしなければならん、この不体裁を冒さねばならん事となります・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・今の事態を維持して、門閥の妄想を払い、上士は下士に対して恰も格式りきみの長座を為さず、昔年のりきみは家を護り面目を保つの楯となり、今日のりきみは身を損じ愚弄を招くの媒たるを知り、早々にその座を切上げて不体裁の跡を収め、下士もまた上士に対して・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫