・・・田舎へ行けば不便だぜ。アイスクリイムはなし、活動写真はなし、――」 洋一は顔を汗ばませながら、まだ冗談のような調子で話し続けた。「それから誰か病気になっても、急には帰って来られないし、――」「そんな事は当り前だ。」「じゃお母・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ただ肝腎の家をはじめ、テエブルや椅子の寸法も河童の身長に合わせてありますから、子どもの部屋に入れられたようにそれだけは不便に思いました。 僕はいつも日暮れがたになると、この部屋にチャックやバッグを迎え、河童の言葉を習いました。いや、彼ら・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ところがこれっぱかりの地面をあなたがこの山の中にお持ちになっていたところで万事に不便でもあろうかと……これは私だけの考えを言ってるんですが……」「そのとおりでございます。それで私もとうから……」「とうから……」「さよう、とうから・・・ 有島武郎 「親子」
・・・仁右衛門は帳場に物をいわれると妙に向腹が立った。鼻をあかしてくれるから見ておれといい捨てて小屋に帰った。 金を喰う機械――それに違いなかった。仁右衛門は不愍さから今まで馬を生かして置いたのを後悔した。彼れは雪の中に馬を引張り出した。老い・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・音文字が採用されて、それで現すに不便な言葉がみんな淘汰される時が来なくちゃ歌は死なない。B 気長い事を言うなあ。君は元来性急な男だったがなあ。A あまり性急だったお蔭で気長になったのだ。B 悟ったね。A 絶望したのだ。B・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・同じ町内に同じ名の人が五人も十人もあった時、それによって我々の感ずる不便はどれだけであるか。その不便からだけでも、我々は今我々の思想そのものを統一するとともに、またその名にも整理を加える必要があるのである。 見よ、花袋氏、藤村氏、天渓氏・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・されど、小児等も不便なり、活計の術を教うるなりとて、すなわち餡の製法を伝えつ。今はこれまでぞと云うままに、頸を入れてまた差覗くや、たちまち、黒雲を捲き小さくなりて空高く舞上る。傘の飛ぶがごとし。天赤かりしとや。天狗相伝の餅というものこれなり・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・聞くものはないが、あまり不便じゃ。氏神様のお尋ねだと思え。茸が婦人か、おのれの目には。」「紅茸と言うだあね、薄紅うて、白うて、美い綺麗な婦人よ。あれ、知らっしゃんねえがな、この位な事をや。」 従七位は、白痴の毒気を避けるがごとく、笏・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・しかし予は衷心不憫にたえないのであった。ふたりの子どもはこくりこくり居眠りをしてる。お光さんもさすがに心を取り直して、「まァかわいらしいこと、やっぱりこんなかわいい子の親はしあわせですわ」「よいあんばに小雨になった、さァ出掛けましょ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・が、犬ぶりに由て愛憎を二つにしない二葉亭は不便がって面倒を見てやったから、犬の方でも懐いて、二葉亭が出る度毎に跟を追って困るので、役所へ行く時は格子の中に閉じ込めて何処へも出られないようにして置いた。その留守中は淋しそうにションボリして時々・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
出典:青空文庫