・・・上等兵は、ここで自分までも上官の命令に従わなくって不具者にされるか、或は弾丸で負傷するか、殺されるか、――したならば、年がよってなお山伐りをして暮しを立てている親爺がどんなにがっかりするだろうか、そのことを思った。――老衰した親爺の顔が見え・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 負傷者は、死ぬまで不自由と苦痛を持ってまわらなければならない、不具者だ。 彼等は、おかみから、もとの通りの生きている手や足や耳を弁償して貰いたかった。一度切り取られた脚は、それを生れたまゝのもとの通りにつけ直すことは出来ない。それ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そして、三本脚の松ツァンと呼ばれる不具者になってしまった。「俺ら、トロ押せねえだ。」市三は、坑内へおりて来るまで、自分の細い腕を危ぶんだ。「……。」親爺は、燻った四畳半で、足のない脚だけ布団にかくして、悲しげな顔をしていた。「ト・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ わけても、母親は彼女を、まるで自分の不具のように思って見ました。母にとって、娘と云うものは、息子よりずっと自分に親しい一部分です。娘の欠点は、自分の恥の源ともなります。父親のバニカンタは、却って他の娘達より深くスバーを愛しましたが、母・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・それだけのもの、つまり智能の未発育な、いくら年とっても、それ以上は発育しない不具者なのね。純粋とは白痴のことなの? 無垢とは泣虫のことなの? あああ、何をまた、そんな蒼い顔をして、私を見つめるの。いやだ。帰って下さい。あなたは頼りにならない・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・あとで知ったことだけれど、生徒の姓名とその各々の出身中学校とを覚えているというのは、この教授の唯一の誇りであって、それらを記憶して置くために骨と肉と内臓とを不具にするほどの難儀をしていたのだそうである。いま僕は、こうして青扇と対座して話合っ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・幻燈のまちの病気もなおらず、いつ不具者になるかわからぬ状態であったし、ひとはなぜ生きていなければいけないのか、そのわけが私には呑みこめなかった。ほどなく暑中休暇にはいり、東京から二百里はなれた本州の北端の山の中にある私の生家にかえって、一日・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・傷ついた心、不具な理性を直してくれる病院はないものか。昔はそれがあった。それが近代の思想の嵐に倒潰した。そうしてこれに代わるべき新しい病院はまだ建たぬ。可愛相に。 病院も正月で静かである。病室は明るく温かい。窓の下では羽根をついている。・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・のシャカイシュギになっている倅は、いわば不具者で、それこそ分相応というものであった。ところが、同じ荷馬車稼業をしている勘さんの娘というのは、ちかごろ女中奉公さきからもどっていて、三吉は知っているが、これはおよそくつじょくであった。だいいちに・・・ 徳永直 「白い道」
・・・私は人がよく後指さして厭がる醜い傴僂や疥癬掻や、その手の真黒な事から足や身体中はさぞかしと推量されるように諸有る汚い人間、または面と向うと蒜や汗の鼻持ちならぬ悪臭を吹きかける人たちの事を想像するし、不具者や伝染病や病人の寝汗や、人間の身体の・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫