・・・その反抗はつねに私に不利な結果を齎した。郷里から函館へ、函館から札幌へ、札幌から小樽へ、小樽から釧路へ――私はそういう風に食を需めて流れ歩いた。いつしか詩と私とは他人同志のようになっていた。たまたま以前私の書いた詩を読んだという人に逢って昔・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・併し、近頃になるに従って、百姓の社会的地位、経済的地位が不利になって生活が行きつまって苦るしくなって来ている。それを親爺は理論的に説明することはよくしないが、具体的な実例によって、知っている僕は、たびたび親爺の話をきいたものだ。親爺も、僕達・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・しかし息子を、自分がたどって来たような不利な立場に陥入れるのは、彼れには忍びないことだった。 二人の子供の中で、姉は、去年隣村へ嫁づけた。あとには弟が一人残っているだけだ。幸い、中学へやるくらいの金はあるから、市で傘屋をしている従弟」と・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ところでこの男がまた真剣白刃取りを奉書の紙一枚で遣付けようという男だったから、これは怪しからん、模本贋物を御渡しになるとは、と真正面からこちらの理屈の木刀を揮って先方の毒悪の真剣と切結ぶような不利なことをする者ではなかった。何でもない顔をし・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・物騒な代の富家大家は、家の内に上り下りを多くしたものであるが、それは勝手知らぬ者の潜入闖入を不利ならしむる設けであった。 幾間かを通って遂に物音一ツさせず奥深く進んだ。未だ灯火を見ないが、やがてフーンと好い香がした。沈では無いが、外国の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 少年の用いていた餌はけだし自分で掘取ったらしい蚯蚓であったから、聊かその不利なことが気の毒に感じられた。で、自分の餌桶を指示して、 この餌を御使いよ、それでは魚の中りが遠いだろうから。 少年は遠慮した様子をちょっと見せたが、そ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・この事実は、仙之助氏の立場を甚だ不利にした。検事局は再調査を開始した。世人はひとしく仙之助氏の無辜を信じていたし、当局でも、まさか、鶴見仙之助氏ほどの名士が、愚かな無法の罪を犯したとは思っていなかったようであるが、ひとり保険会社の態度が頗る・・・ 太宰治 「花火」
・・・しかし万一将来の実験や観測の結果が、彼の現在の理論に多少でも不利なような事があったとしても、彼の物理学者としてのえらさにはそのために少しの疵もつかないだろうという事は、彼の仕事の筋道を一通りでも見て通った人の等しく承認しなければならない事で・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・しかし絵はそればかりを職業として、それで生活しようと云うにはあまりに不利なものである。せっかく腕は立派でも、衣食に追われて画くようでは、よい絵は出来ず、第一絵に気品がなくなる。何でもいいが、外にも少し立派に衣食の得らるるような事を修めて、傍・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・そしてはなはだ冷淡でそっけない伯父さんとして、いつもながら不利な批評の焦点になっていたが、もうそれも過去になって、彼もまたもとの大きな子猫になってしまった。子猫に対して見るといかにも分別のある母親らしく見えていた三毛ですらも、やはりそうであ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
出典:青空文庫