出典:青空文庫
・・・俺は徒らに一足でも前へ出ようと努力しながら、しかも恐しい不可抗力のもとにやはり後へ下って行った。そのうちに馭者の「スオオ」と言ったのはまだしも俺のためには幸福である。俺は馬車の止まる拍子にやっと後ずさりをやめることが出来た。しかし不思議はそ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・これを強いて一纏めに命名すると、一を観音力、他を鬼神力とでも呼ぼうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである。 鬼神力が具体的に吾人の前に現顕する時は、三つ目小僧ともなり、大入道ともなり、一本脚傘の化物ともなる。世にいわゆる妖怪・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 朝に、晩に、寒い風にも当てないようにして、育てゝ来た子供を機関銃の前に、毒瓦斯の中に、晒らすこと対して、たゞこれを不可抗力の運命と視して考えずにいられようか? 互に、罪もなく、怨みもなく、しかも殺し合って死なゝければならぬ子供等自身の・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・を出さないように、つまりだれにも咎を負わさせないように、実際の事故の原因をおしかくしたり、あるいは見て見ぬふりをして、何かしらもっともらしい不可抗力によったかのように付会してしまって、そうしてその問題を打ち切りにしてしまうようなことが、つり・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・しかし、それだから火事は不可抗力でもなんでもないという説は必ずしも穏当ではない。なぜと言えば人間が「過失の動物」であるということは、統計的に見ても動かし難い天然自然の事実であるからである。しかしまた一方でこの過失は、適当なる統制方法によって・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ 上げたときと同じにしておこうと思っても、きっと幾度かは殆ど不可抗力に近い重みをもって垂れそうになって来る通りに、彼女のちっとも緩みのない心、休息を与えられることのない心は、ときどき息が詰りそうな陰鬱を伴って沈んで来る。 何の音もし・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」