・・・ 女が描けていない、ということは、何も、その作品の決定的な不名誉ではない。女を描けないのではなくて、女を描かないのである。そこに理想主義の獅子奮迅が在る。美しい無智が在る。私は、しばらく、この態度に拠ろうと思っている。この態度は、しばし・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・は御自分の貧寒の事や、吝嗇の事や、さもしい夫婦喧嘩、下品な御病気、それから容貌のずいぶん醜い事や、身なりの汚い事、蛸の脚なんかを齧って焼酎を飲んで、あばれて、地べたに寝る事、借金だらけ、その他たくさん不名誉な、きたならしい事ばかり、少しも飾・・・ 太宰治 「恥」
・・・地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。村には私の家が在る。羊も居る。妹・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・これはたしかに、私にとって不名誉の作品である。 けれども、私が以前の数十篇の小説を相変らず支持しているからといって、私を甘いと思い込むのは、誤りである。私がこのごろ再び深く思案してみたところに依っても、私の作品鑑定眼とでもいうべきものは・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・この問題はあまり簡単ではないが、ともかくも四本の一本がまさかのときの用心棒として平時には無用の長物という不名誉の役目を引き受けているのであろう。 数の勘定には十進法の数字だけあればそれでよいというのは、言わば机の三本足を使う流儀であって・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そうして、自分等がたとえ玄人の絵に対して思ったままの感じを言明しても、それは作者の名誉にも不名誉にもならないという気安さがある。これは実に有難い事である。無責任だというのではないが、何人をも傷つけること無しに感情の自由な発表が許されるからで・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・ 文学作品が現実を語るという本質から、今日、日本の文化勲章が簡単に作家に与えられないという事情は、文学の側から言えば名誉であろうとも、不名誉であることは決してないのである。 文学作品の本質は、この文化勲章の場合のように文学と当代の文・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・その場合は、現代の心に響くものはないということに、歴史のすすみの歓びがあるのであって、古典にとっても現代にとっても些も不名誉なことではないと思う。でも、芭蕉の芸術はどうだろう。私は俳諧のことは何にも知らない。全くの門外漢なのだけれども、折々・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・ ハフの不名誉な事件後ドラは愈々家におらなくなりました。それどころか、或る晩、ロザリーは予想もしなかった、娘の臨終にめぐり会うことになりました。 少し以前から、ロザリーに様子が変だと心づかれていたドラは、一人の女友達の部屋で何か医者・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫