・・・ 器械文明が発達すれば、精密なことは器械がしてくれるから人間はだんだん無器用になってもいいかというに、そうではなくて精密な器械を使うにはやはり精密な感官を要するので、器械の発達につれて人間も発達しなければ間に合わない。大和魂だけで器械を・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・同時に普通の意味でのデッサンの誤謬や、不器用不細工というようなものが絵画に必要な要素だという議論にやや確かな根拠が見つかりそうな気がする。手品の種はここにかくれていそうである。 セザンヌはやはりこの手品の種を捜した人らしい。しかしベルナ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・その時かかったドイツの医者は、細工はなんとなく不器用であったが、しかしその修理法がいかにも合理的で、一時の間に合わせでなくて長持ちのするような徹底的のものであるのに感心した。その歯医者が、治療した歯の隣の歯を軽くつついてそれがゆらゆら動くの・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・そうして噺が興に乗じて来る時不器用に割った西瓜が彼等の間に置かれるのである。白い部分まで歯の跡のついた西瓜の皮が番小屋の外へ投げられた。太十は指で弾いて見て此は甘いと自慢をいいながらもいで来ることもあった。暑い日に照られて半分は熱い西瓜でも・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・木は何の木か知らぬが細工はただ無器用で素朴であるというほかに何らの特色もない。その上に身を横えた人の身の上も思い合わさるる。傍らには彼が平生使用した風呂桶が九鼎のごとく尊げに置かれてある。 風呂桶とはいうもののバケツの大きいものに過ぎぬ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・すこぶる不器用な飾り気のないものである。 案内者はいずれの国でも同じものと見える。先っきから婆さんは室内の絵画器具について一々説明を与える。五十年間案内者を専門に修業したものでもあるまいが非常に熟練したものである。何年何月何日にどうした・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・○僕は子供の時から手先が不器用であったから、画は好きでありながらそれを画く事は出来なかった。普通に子供の画く大将絵も画けなかった。この頃になって彩色の妙味を悟ったので、彩色絵を画いて見たい、と戯れにいったら、不折君が早速絵具を持って・・・ 正岡子規 「画」
・・・ 人間精神の溌剌さは、現実のうちではそういう不器用なハンダづけをとび越して、科学の精神そのものの道をとおって美であり善であるところへ迄も到達する可能を示している。母親の愛の感情が拡大され得る場合について考えても、これは私たちにとって決し・・・ 宮本百合子 「科学の精神を」
・・・はいかにも十八歳の少女の作品らしい稚なさ、不器用さにみちている。けれども、何とまたその年ごろの感覚でしか描き出せないみずみずしさに溢れているだろう。すべての穢らしさが、現実的につよく作品の中に描かれているが、その穢なささえ、よごれた少年の顔・・・ 宮本百合子 「作者の言葉(『貧しき人々の群』)」
・・・それにもかかわらず、一定の時がたつと、季節のちがった気流がどこからか流れ込んで来るように、私の帰るべきことが知らされて、そして若い不器用な私は帰って来るのであった。 こういう距離は何だったのだろう。 追々明治初期の文学の歴史を知るよ・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
出典:青空文庫