・・・葦はなんと言ったか覚えていますか――冬の来た証拠だ、まあ自分とした事が自分の事にばかり取りまぎれていておまえの事を思わなかったのはじつに不埒であった。長々御世話になってありがたかったがもう私もこの世には用のないからだになったからナイルの方に・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・――塩で釣出せぬ馬蛤のかわりに、太い洋杖でかッぽじった、杖は夏帽の奴の持ものでしゅが、下手人は旅籠屋の番頭め、這奴、女ばらへ、お歯向きに、金歯を見せて不埒を働く。」「ほ、ほ、そか、そか。――かわいや忰、忰が怨は番頭じゃ。」「違うでし・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ いや、ようなんですぐらいだったら、私もかような不埒、不心得、失礼なことはいたさなかったろうと思います。 確に御縁着きになる。……双方の御親属に向って、御縁女の純潔を更めて確証いたします。室内の方々も、願わくはこの令嬢のために保証に・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・わざと安心して大胆な不埒を働く。うむ、耳を蔽うて鐸を盗むというのじゃ。いずれ音の立ち、声の響くのは覚悟じゃろう。何もかも隠さずに言ってしまえ。いつの事か。一体、いつ頃の事か。これ。侍女 いつ頃とおっしゃって、あの、影法師の事でございまし・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・明神様もけなりがッつろと、二十三夜の月待の夜話に、森へ下弦の月がかかるのを見て饒舌った。不埒を働いてから十五年。四十を越えて、それまでは内々恐れて、黙っていたのだが、――祟るものか、この通り、と鼻をさして、何の罰が当るかい。――舌も引かぬに・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 翌晩も、また翌晩も、連夜の事できっと時刻を違えず、その緑青で鋳出したような、蒼い女が遣って参り、例の孤家へ連れ出すのだそうでありますが、口頭ばかりで思い切らない、不埒な奴、引摺りな阿魔めと、果は憤りを発して打ち打擲を続けるのだそうでご・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・第一本当であったらおとよさんは見掛けによらず不埒な女郎だ。いやそんなことがあるもんか。うそだ。うそだうそだと心で言うほど、思いあたる事が出てくる。おとよさんがおれに親切なは今度の稲刈りの時ばかりでない。成東の祭りの時にも考えればおかしかった・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・淫奔をしておって我儘をとおすのだから不埒なのだ」「まだあんな事を言ってる、理屈をいう人に似合わず解らない老人だ。それだからあなたは子に不孝な人だというのだ。生きとし生けるもの子をかばわぬものはない、あなたにはわが子をかばうという料簡がな・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ が、この不しだらな夫人のために泥を塗られても少しも平時の沈着を喪わないで穏便に済まし、恩を仇で報ゆるに等しいYの不埒をさえも寛容して、諄々と訓誡した上に帰国の旅費まで恵み、あまつさえ自分に罪を犯した不義者を心から悔悛めさせるための修養・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・が、不埒千万、人生五十年過ぎてもまだ滞納とは怪しからぬものだ。 この高慢税を納めさせることをチャンと合点していたのは豊臣秀吉で、何といっても洒落た人だ。東山時分から高慢税を出すことが行われ出したが、初めは銀閣金閣の主人みずから税を出して・・・ 幸田露伴 「骨董」
出典:青空文庫