・・・しかし藤井は相不変話を続けるのに熱中していた。「和田のやつも女の前へ来ると、きっと嬉しそうに御時宜をしている。それがまたこう及び腰に、白い木馬に跨ったまま、ネクタイだけ前へぶらさげてね。――」「嘘をつけ。」 和田もとうとう沈黙を・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・ 病室からは相不変、お律の唸り声が聞えて来た。それが気のせいかさっきよりは、だんだん高くなるようでもあった。谷村博士はどうしたのだろう? もっとも向うの身になって見れば、母一人が患者ではなし、今頃はまだ便々と、回診か何かをしているかも知・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・しかし本多子爵は更に杖の銀の握りで、芳年の浮世絵を一つ一つさし示しながら、相不変低い声で、「殊に私などはこう云う版画を眺めていると、三四十年前のあの時代が、まだ昨日のような心もちがして、今でも新聞をひろげて見たら、鹿鳴館の舞踏会の記事が・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・星も相不変頭の上に涼しい光を放っている。さあ、君はウイスキイを傾け給え。僕は長椅子に寐ころんだままチョコレエトの棒でも噛ることにしよう。 地上楽園 地上楽園の光景は屡詩歌にもうたわれている。が、わたしはまだ残念ながら、そ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・しかし好みと云うものも、万代不変とは請合われぬ。その証拠には御寺御寺の、御仏の御姿を拝むが好い。三界六道の教主、十方最勝、光明無量、三学無碍、億億衆生引導の能化、南無大慈大悲釈迦牟尼如来も、三十二相八十種好の御姿は、時代ごとにいろいろ御変り・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・小娘は何時かもう私の前の席に返って、相不変皸だらけの頬を萌黄色の毛糸の襟巻に埋めながら、大きな風呂敷包みを抱えた手に、しっかりと三等切符を握っている。………… 私はこの時始めて、云いようのない疲労と倦怠とを、そうして又不可解な、下等な、・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・と、真向からきめつけると、相手は相不変手を組んだまま、悪く光沢のある頬をにやりとやって、「では男にはの。」と、嘯くように問い返しました。その時は思わずぞっとしたと、新蔵が後で話しましたが、これは成程あの婆に果し状をつけられたようなものですか・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・B 相不変厭な男だなあ、君は。A 厭な男さ。おれもそう思ってる。B 君は何日か――あれは去年かな――おれと一緒に行って淫売屋から逃げ出した時もそんなことを言った。A そうだったかね。B 君はきっと早く死ぬ。もう少し気を広・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・或る作家は社会に生起する特殊の材料を取り扱い、或る作家は、永久に不変の自然を材料に取扱っている。畢竟、作家得意の観察から入り、深く人生に触れんとする努力から斯く異った態度を示すのである。是等の異った作家が各々異った意義と形の上で異った印象を・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・そして今や現実の世界を遠く脚下に征服して、おもむろに宇宙人生の大理法、恒久不変の真理を冥想することのできる新生活が始ったのだと、思わないわけに行かないのであった。 彼は慣れぬ腰つきのふらふらする恰好を細君に笑われながら、肩の痛い担ぎ竿で・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫