・・・しているけれども、サンマー・タイムの四時から五時、ジープのかけすぎる交叉点を、信号につれて雑色の河のように家路に向って流れる無数の老若男女勤め人たちの汗ばんだ皮膚は、さっぱりお湯で行水をつかうことさえ不如意な雑居生活にたえている場合が多い。・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
○ 支那事変がはじまって五年、大東亜戦争がはじまって満一ヵ年と十ヵ月経って秋も深くなった。 燃料がどこの家でも不如意になって来ていて、風呂たきは注意ぶかい一家の行事の一つとなった。 いろいろのも・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・ 家庭というものについても、現代は観念の上で、或は道義の論として大変大切にいわれながら、家庭の現実では菓子一つの実例にしろ甚だ不如意におかれている。家庭における明日の価値の創りてとしての若い男女は結婚や家庭生活に対して前に向ったそれぞれ・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
・・・ 資本主義の生産の形が、封建の諸関係のうちから生れたように、資本主義的な生産とそれによって形づくられた社会生活全般が矛盾だらけの不如意なものとなったとき、それは必ず社会主義へ発展せざるをえないという歴史の必然については、もういまさらいわ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・ 故郷をもつ人が、病気などしたり、暮しが不如意になって来たりして、故郷に心をひかれ、空想の中で、ひとしおなつかしく思われる故郷に、やすみや生活のたつきをもとめてゆく人がこの頃のような世の中では数の多いことであろう。 そのようにして故・・・ 宮本百合子 「故郷の話」
・・・これからお互に一生懸命にその時分の不如意から生じた病気を癒しましょう。きっと癒ります。ある安定を見出せば、そこで全身の調和が生じ、あなたの一等の健康水準ではないまでも、低下したら、したなりに安定しましょう。 気分はやっぱりあなたらしくゆ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・これら幾十万の人々、特に引あげてきた婦人たちの身に刻まれているのは戦争の実体を究明しようとする意志よりも、引あげの日々を貫いた苦しさ、不如意、不安であろう。「流れる星は生きている」の著者が良人とわかれて三人の幼子をひきつれていた若い母で・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・ 少年たちが、自身のうちの何の力で環境的な不如意な生存に耐えて行くだろう。もっと勉強したい。単純なその表現のなかに、その少年たちの生涯的な生活感の核がひそめられているのだと思う。 どんな境遇におかれても、やる者はやるということはよく・・・ 宮本百合子 「今日の耳目」
・・・けれども、毎日が、そして現実が不如意だからといって、決して自分の生活に作り出すことも出来ず、取り入れることも出来ないものに気をとられて、その気をまぎらしてゆくことが、はたして青春の貧困を満すことでしょうか。そうは思われません。わたしたちはも・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・ 東京の下町の強い伝統を持った家族関係の中で経済的な不如意を都会人らしい体裁で取りつくろいながら生きている人々の間で育ち、大学時代から現実生活の問題を常に念頭に置いていなければならなかった青年時代の芥川龍之介。自身の上に濃く投げかけられ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫