・・・ところがこの論理の不徹底な、矛盾に満ちた、そして椏者の言葉のように、言うべきものを言い残したり、言うべからざるものを言い加えたりした一文が、存外に人々の注意を牽いて、いろいろの批評や駁撃に遇うことになった。その僕の感想文というのは、階級意識・・・ 有島武郎 「片信」
・・・なぜなれば、それはじつに、我々自身が現在においてもっている理解のなおきわめて不徹底の状態にあること、および我々の今日および今日までの境遇がかの強権を敵としうる境遇の不幸よりもさらにいっそう不幸なものであることをみずから承認するゆえんであるか・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・もっともこの中立地帯の産物はその地帯の両側にある二つの世界の住民から見るとあるいは廃頽的と見られあるいは不徹底とののしられるかもしれない。しかし、結局それはすむ世界の相違であり、生まれついた人種の差別である。議論にはならない。 世界じゅ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・ 私が断水の日に経験したいろいろな不便や不愉快の原因をだんだん探って行くと、どうしても今の日本における科学の応用の不徹底であり表面的であるという事に帰着して行くような気がする。このような障害の根を絶つためには、一般の世間が平素から科学知・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・ これらの著者の態度は一方から云えば不徹底で生煮えのようでもあるが、ものの両面を認識して全体を把握し、しかもすべての人間現象を事実として肯定した上で、可と不可とに対する考えをきめようとしているらしく思われる。この点がどこか吾々科学者の心・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・のみならず、こちらの新聞の電報欄の不徹底な記事で読んだ時はなんの事だかわからずにいたいろいろの事がらが、これを読んで始めてふに落ちる事もしばしばある。これはおそらく自分のような迂闊なものに限った事ではなく、始めにあげたようないわゆる善良にし・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・神と自己との関係において、何処までも不徹底である。私はカント哲学に至って、純粋な科学の哲学に入ったと思う。カント哲学は科学的自己の自覚の哲学である。しかし単なる科学の世界は、自己自身によってあり自己自身を限定する真実在の世界ではない、真の具・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・という小説の中などでは、予言者として怒号の表情だけ誇張して扱われているサヴォナロラの殉教の意味も、当時の進歩とその不徹底の両面を象徴するものとして、この本では明瞭な歴史的判断におかれている。レオナルド・ダ・ヴィンチの生きかたさえ、この本の中・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・ 一つには、女の与えられる教育というものが、あらゆる意味で不徹底だという理由がある。なまじい専門程度の学校を出ているということで、現実にはかえってその女のひとの心がちぢかまるということは、深刻に日本の女性の文化のありようを省みさせること・・・ 宮本百合子 「自信のあるなし」
・・・ コンポジションの上の不完全さはともかくも、あの作にはそれ以前のどれにもなかったに違いない、またよしあったにしろあんなに明かではなかった思想上の、多くの矛盾や、躊躇や、不徹底さのあるのは確かです。なんだかしんがムズムズしているようです。・・・ 宮本百合子 「沁々した愛情と感謝と」
出典:青空文庫