・・・では男の身の上に、不慮の大変でも襲って来たのか、――お蓮はこう想像するのが、恐しくもあれば望ましくもあった。……… 男の夢を見た二三日後、お蓮は銭湯に行った帰りに、ふと「身上判断、玄象道人」と云う旗が、ある格子戸造りの家に出してあるのが・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・しかし、それまでには孫のお栄も、不慮の災難でもございませなんだら、大方年頃になるでございましょう。何卒私が目をつぶりますまででよろしゅうございますから、死の天使の御剣が茂作の体に触れませんよう、御慈悲を御垂れ下さいまし。」 祖母は切髪の・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ 五年経ち、お君が二十四、子供が六つの年の暮、金助は不慮の災難であっけなく死んでしまった。その日、大阪は十一月末というのに珍しくちらちら粉雪が舞うていた。孫の成長とともにすっかり老いこみ耄碌していた金助が、お君に五十銭貰い、孫の手を・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ かれこれするうちに翌年の春になり、六蔵の身の上に不慮の災難が起こりました。三月の末でございました、ある日朝から六蔵の姿が見えません、昼過ぎになっても帰りません、ついに日暮れになっても帰って来ませんから田口の家では非常に心配し、ことに母・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・キューリー夫人のように自分の最愛の夫であり、唯一の科学の共働者であるものを突然不慮の災難によって奪い去らるる死別もあれば、ただ貧苦のためだけで一家が離散して生きなければならない生別もある。姉は島原妹は他国 桜花かや散りぢりに・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・わたくしは、いま手もとに統計をもたないけれど、病死以外の不慮の横死のみでも、年々幾万にのぼるか知れないのである。 鰯が鯨の餌食となり、雀が鷹の餌食となり、羊が狼の餌食となる動物の世界から進化して、まだ幾万年しかへていない人間社会にあって・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・る、鉱坑の瓦斯で窒息して死ぬる、私慾の為めに謀殺される、窮迫の為めに自殺する、今の人間の命の火は、油の尽きて滅するのでなくて、皆な烈風に吹消さるるのである、私は今手許に統計を有たないけれど、病死以外の不慮の横死のみでも年々幾万に上るか知れな・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ その年の夏から秋へかけて、塾に取っては種々な不慮の出来事があった。広岡学士は荒町裏の家で三月あまりも大患いをした。誰が見ても助かるまいと言った学士が危く一命を取留めた頃には、今度は正木大尉が倒れた。大尉は奥さんの手に子供衆を遺し、・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・それに国との手紙の往復にも多くの日数がかかり世界大戦争の始まってからはことに事情も通じがたいもどかしさに加えて、三年の月日の間には国のほうで起こった不慮な出来事とか種々の故障とかがいっそう旅を困難にした。私も、外国生活の不便はかねて覚悟して・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・黙って聞いているうちに、自分の肩にだんだん不慮の責任が覆いかぶさって来るようで、不安なやら、不愉快なやら、たまらぬのである。その人を、気の毒と思っても、自分には何も出来ぬという興醒めな現実が、はっきりわかっているので、なおさら、いやになるの・・・ 太宰治 「乞食学生」
出典:青空文庫