・・・自分は現在蟇口に二三円しかなかったから、不用の書物を二冊渡し、これを金に換え給えと云った。青年は書物を受け取ると、丹念に奥附を検べ出した。「この本は非売品と書いてありますね。非売品でも金になりますか?」自分は情ない心もちになった。が、とにか・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・今では不用物だから、子供の大きくなるまでと言ってしまい込んであるが、その色は今も変らないで、燃えるような緋縮緬には、妻のもとの若肌のにおいがするようなので、僕はこッそりそれを嗅いで見た。「今の妻と吉弥とはどちらがいい?」と言う声が聴える・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・こわれた道具や、不用のがらくたを買ってくれというのでした。「はい、はい。」といって、おじいさんは、一つ一つ、その品物に目を通しました。「この植木鉢も、持っていってくださいませんか。」と、おかみさんらしい人がいいました。 それは、・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・そしてもはや私は彼にとっては、不用な人間だ。彼は二三度、私を洲崎に遊びに伴れて行ってくれた。そしてあるおでん屋の女に私を紹介した。それは妖婦タイプの女として、平生から彼の推賞している女だ。彼はその女と私とを突合わして、何らかの反応を検ようと・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・この三円も不用いよ」と投げだして「最早私も決して来ないし、今蔵も来ないが可い、親とも思うな、子とも思わんからと言っておくれ!」 非常な剣幕で母は立ち去り、妻はそのまま泣伏したのであった。 自分は一々聴き終わって、今の自分なら、「・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・仕事をせん不用ごろが一番どうならん。」 兄は、妻をいたわった。働いて、麦飯をがつ/\食うことだけに産れて来たような親爺とおふくろから、トシエをかばった。彼女の腰は広くなった。なめらかで、やわらかい頬の肉は、いくらか赭味を帯びて来た。そし・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ナオマタ、切手、モシクハ葉書、御不用ノ際ハソノママ御返送ノホドオ願イ申上候。太宰治殿。清瀬次春。二伸。当地ハ成田山新勝寺オヨビ三里塚ノ近クニ候エバ当地ニ御光来ノ節ハ御案内仕ル可ク候。」 月日。「俺たち友人にだけでも、けちなポオズ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そして田舎で不用になっている虫送りの鐘太鼓を借り集めて来てだれでもにそれをたたかせる。社会に対し、政府に対し、同胞に対しまた家族に対してあらゆる種類の不平不満をいだいている人は、この原始的楽器を原始的の努力をもってたたきつけるのである。・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・ 将来書物がいっさい不用になる時代が来るであろうか。英国の空想小説家は何百年間眠り続けた後に目をさました男の体験を描いているうちにその時代のライブラリーの事を述べている。すなわち、書物の代わりに活動のフィルムの巻物のようなものができてい・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・米の中から栄養分を摂取して残余の不用なものを「米とは異なる糞」にして排泄するのならば意味は分かるが、この虫の場合は全く諒解に苦しむというより外はない。『西遊記』の怪物孫悟空が刑罰のために銅や鉄のようなものばかり食わされたというお伽話はあ・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
出典:青空文庫