・・・それで前半ではドイツ語が不自然に聞こえ、後半ではそれが当然に聞こえる。 音楽はなかなかおもしろい。同じジャズの楽器でもドイツ人の手にかかると、こうも美しくなるものかと感心させられる。あのサキソフォーンでさえも実に味のこまやかな音として聞・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・やめると同時にこの笑がいよいよ不自然に聞かれたのでやはりしまいまで笑い切れば善かったと思う。津田君はこの笑を何と聞いたか知らん。再び口を開いた時は依然として以前の調子である。「いや実はこう云う話がある。ついこの間の事だが、僕の親戚の者が・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・あるものは他にいかほどの採るべき点があっても、事件に少しでも不自然があれば文学でないと云う。あるものは人間交渉の際卒然として起る際どき真味がなければ文学でないと云う。あるものは平淡なる写生文に事件の発展がないのを見て文学でないと云う。しかし・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・最も普通の俳優はこんな時「それではあんまり不自然で引っ込みにくいから、相手になんとか言わせてくれ」と、作者に頼むのが例になっている。 ―――――――――――――――――――― 愛する友よ、あなたがもう返事をするに・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・れる恋愛、それから発足した範囲の広い愛の種々相に対して、私共は礼讚せずにはいられませんが、無限な愛の一分野と思われる恋愛ばかりを天地に漲り、それなくしては生きるに甲斐ないと云うもののように考えるのは、不自然すぎると思います。〔一九二四年二月・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・そしてこれは全く不自然だと感じられているのである。 そうしてみると、良人の協力ということは、今あるままの労力のひどい台所仕事をそのまま男もやってやるということではなく、台所家事仕事そのものにしろ、もっと時間をとらない合理的なものにしてゆ・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・やはり同じ失敗の作で、成功というような見事な不自然なことは到底及びもつかない夢だと思う。もし傑作が出来ればまぐれ当りだ。私が何をしていくかという質問を出された前では、ただ自分は爆けていき、はみ出して行きたいと望んでいると答えるより、今のとこ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ 少年に見える栖方のまだ肩章の星数を喜ぶ様子が、不自然ではなかった。それにしても、この少年が祖国の危急を救う唯一の人物だとは、――実際、今さし迫っている戦局を有利に導くものがありとすれば、栖方の武器以外にありそうに思えないときだった。し・・・ 横光利一 「微笑」
・・・となったことを、少しの不自然もなく想像し得ると思う。 芸術鑑賞と宗教的帰依とが一つであった。それと同様にある少数者に取っては、芸術製作と宗教的救済とが一つにならなくてはならなかった。実際この特に象徴的な仏教においては、彼らが感じ得たある・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
一 我々の生活や作物が「不自然」であってはならないことは、今さらここに繰り返すまでもない。我々は絶対に「自然」に即かなくてはならぬ。しかしそれで「自然」についての問題がすべて解決されたとは言えない。むしろ、問題はそれから先にある・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
出典:青空文庫