・・・ると言えば――旅籠は取らないで、すぐにお米さんの許へ、そうだ、行って行けなそうな事はない、が、しかし……と、そんな事を思って、早や壁も天井も雪の空のようになった停車場に、しばらく考えていましたが、余り不躾だと己を制して、やっぱり一旦は宿に着・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・老樫、森々と暗く聳えて、瑠璃、瑪瑙の盤、また薬研が幾つも並んだように、蟠った樹の根の脈々、巌の底、青い小石一つの、その下からも、むくむくとも噴出さず、ちろちろちろちろと銀の鈴の舞うように湧いています。不躾ですが、御手洗で清めた指で触って見ま・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 人が着物着更えてるのに、不躾千万だね」 六 医者が今日日の暮までがどうもと小首をひねった危篤の新造は、注射の薬力に辛くも一縷の死命を支えている。夜は十二時一時と次第に深けわたる中に、妻のお光を始め、父の新五郎に弟夫・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ですけど、頭からそう申す事は、余り不躾なようで出来かねます。だんだん書いてまいりますうちに、そんな事も申されるようになりますかも知れません。 あなたがわたくしの事を度々思い出して下さるだろう、そしてそれを思い出すのを楽しみにして下さるだ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・後に聞けば、飾磨屋が履物の間違った話を聞いて、客一同に新しい駒下駄を贈ったが、僕なんぞには不躾だと云う遠慮から、この贈物をしなかったそうである。 定めて最初に着いた舟に世話人がいて案内をしたのだろう。一艘の舟が附くと、その一艘の人が、下・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫