・・・敗北に享楽したことがなかったか。不遇を尊敬したことがなかったか。愚かさを愛したことがなかったか。 全部、作家は、不幸である。誰もかれも、苦しみ苦しみ生きている。緒方氏を不幸にしたものは、緒方氏の作家である。緒方氏自身の作家精神である。た・・・ 太宰治 「緒方氏を殺した者」
・・・ただ、私が四十ちかくに成っても未だに無名の下手な作家だ、と申し上げても、それは決して私の卑屈な、ひがみからでも無し、不遇を誇称して世の中の有名な人たちに陰険ないやがらせを行うというような、めめしい復讐心から申し上げているのでもないので、本当・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 子規は世の中をうまく渡って行く芸術家や学者に対する反感を抱くと同時に、また自分に親しい芸術家や学者が世の中をうまく渡る事が出来なくて不遇に苦しんでいるのを歯痒く思っていたかのように私には感ぜられる。 三・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・ 八十八 科学者の不遇 科学者が世界の文明に貢献し自国の栄誉を高めつつあるにもかかわらず一般に不遇であるのは何処も同じと見える。近頃英国の某新聞で陸海軍人の待遇を論じたのについて某科・・・ 寺田寅彦 「話の種」
・・・無論事実不遇な人でありました。それのみならずあの人は特殊な人で、人間全体を代表しているというより彼自身を代表している方がよほど多い。そこで国を出て諸方を流浪して、偶に国へ帰っても評判が宜くないから、国へは滅多に帰らなかった。或時国へ帰って来・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・吁この不遇の人、不遇の歌。 彼と春岳との関係と彼が生活の大体とは『春岳自記』の文に詳なり。その文に曰く橘曙覧の家にいたる詞おのれにまさりて物しれる人は高き賤きを選ばず常に逢見て事尋ねとひ、あるは物語を聞まほしくおもふ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・したがって、一層これ以前の時期から、野暮に正直に不遇な日本の民主精神と、平和への精神が追求される必要が痛感される。 宮本百合子 「「現代日本小説大系」刊行委員会への希望」
・・・永年の窮迫と不遇から時局によって世間的に一躍し、温泉へ行って忙しい忙しいと小説を書きとばしているというような農民生活の在りようを、農村生活の現実とてらし合せて考えたとき、その作品が、かち得る賞というものについて、人の心は単純にあり得ないのも・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・そして、この中流女性の生活をかいた更級日記には、不遇な親をもった中流女性が、不安な生活にもまれる姿が優美のうちにまざまざと描かれている。枕草子は非常に新鮮な色彩の感覚をもっている。青い葉の菖蒲に紫の花が咲いているのを代赭色の着物を着た舎人が・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・又幕府の小石川関口の水道工事の役人になって何年か過したが、この経済的に不遇な感受性の烈しい土木工事監督の小役人は、その間に官金を使いこんだ廉で奉行所から処分されたりもしている。 明け暮れのたつきは小役人として過しており、芸術に向う心では・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
出典:青空文庫