・・・それは頷ずけるが、教育あり、現代の社会に批判もある筈の人が、非常に不運な事情の廻り合わせで或る均衡を失い罪を犯し、獄中生活を経験した場合でさえ、その制度、内容について客観的な評言が世に与えられないのは何故であろう。自分の行為に対する引責――・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
・・・『文芸』の当選作「運・不運」を読み、選評速記を熟読して、深くその感に打たれた。 三「運・不運」は、この作だけについて決定的なことを云われたら作者も困る作品だろうと思った。『文芸』の今回の選には満場一致のよう・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・ その上、わたしの不運は、同級生のなかに仕事をもってそれで生きて行こうとしている友達が殆ど一人もなかったことからも起った。自分で選んだ結婚をして、数年後、その生活が破れた。このことも友達たちの生活と一つ調子に進行しなかった。もっと都合の・・・ 宮本百合子 「歳月」
・・・してもって逃げて来た金袋を減らしながら、思い出がたりで暮していたであろうお祖母さんオリガの、嘗てあった生活の幻を注ぎこまれて、中途半端な育ちかたをしたことは、ジャンにとって親を失ったより大きい客観的な不運である。地べたいじりがいやでたまらぬ・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・――はる子は千鶴子を何と不運な人かと思った。彼女の不幸は内と外とからたたまって来るようだ。死んだ母という人も余り仕合わせそうでなく、気の毒に思う心持が沁み沁みあったが、はる子は手紙も供物も送らなかった。 追っかけて手紙が来た。母という人・・・ 宮本百合子 「沈丁花」
・・・ 髪のことで切ない思いをしたのは私ばかりでなく、女学校のとき、もう二人の不運な道づれがあった。私のはともかく自分の好きを立ててのことであったが、あとの二人は生れつきが如何にも豊かな髪で、それが不運の源であった。すこし前髪をゆるめたぐらい・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・戦災という言葉は戦争によってひきおこされた輪の外での災難を意味してつかわれているようだけれども、そして、なにか附随的な現象であり、それは、のがれたものとのがれられなかったものとは本人たちの運、不運にかかわることのようにうけとられているが、そ・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・ああ何の不運ぞや。夫や聟は死に果てたに……こや平太の刀禰、聞きなされ、むす…むすめの忍藻もまた……忍藻もまた平太の刀禰……忍藻はまた出たばかり……昨夜……察しなされよ、平太の刀禰」「昨夜、そもいかになされた」 母は十分に口が利けなく・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・きわめて小さい不運をさえも、首を垂れて受けることのできない心傲れる者よ。そんな浅い心にどうして運命の深いこころが感じ得られよう。 私は固い腰掛けに身を沈めて、先ほどまでの小さい出来事を思い返した。一々の瞬間にそうならなければならないある・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
・・・烏は績を謳歌してカアカアと鳴く、ただ願わくば田吾作と八公が身の不運を嘆き命惜しの怨みを呑んで浮世を去った事を永しえに烏には知らさないでいたい。 孝は東洋倫理の根本である、神も人もこれを讃美する。寒夜裸になって氷の上に寝たら鯉までが感心し・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫