・・・いや、坂田を悲劇の人ときめてかかるのさえ無礼であろう。不遜であろう。この一月私の心は重かった。 それにもかかわらず、今また坂田のことを書こうとするのは、なんとしたことか。けれども、ありていに言えば、その小説で描いた坂田は私であったのだ。・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ そう不遜に呟いてみたが、だからといって昔のスタイルがのこのこはびこるのは自慢にもなるまい。仏の顔も二度三度の放浪小説のスタイルは、仏壇の片隅にしまってもいいくらい蘇苔が生えている筈だのに、世相が浮浪者を増やしたおかげで、時を得たりと老・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ぶしつけな不遜な私の態度を御赦しくださいませ――なおもなおも深く身を焦さねばならぬ煩悩の絆にシッカと結びつけられながら、身ぶるいするようなあの鉄枠やあるいは囚舎の壁、鉄扉にこの生きた魂、罪に汚れながらも自分のものとしてシッカと抱いていねばな・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・心境未だし、デッサン不正確なり、甘し、ひとり合点なり、文章粗雑、きめ荒し、生活無し、不潔なり、不遜なり、教養なし、思想不鮮明なり、俗の野心つよし、にせものなり、誇張多し、精神軽佻浮薄なり、自己陶酔に過ぎず、衒気、おっちょこちょい、気障なり、・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・自己の経験もせぬ生活感情を、あてずっぽうで、まことしやかに書くほど、それほど私は不遜な人間ではない。いや、いや、才能が無いのかも知れぬ。自身、手さぐって得たところのものでなければ、絶対に書けない。確信の在る小さい世界だけを、私は踏み固めて行・・・ 太宰治 「鴎」
どんな小説を読ませても、はじめの二三行をはしり読みしたばかりで、もうその小説の楽屋裏を見抜いてしまったかのように、鼻で笑って巻を閉じる傲岸不遜の男がいた。ここに露西亜の詩人の言葉がある。「そもさん何者。されば、わずかにまね・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・理由なき不遜の態度。私はいつでもこれあるが為に、第一印象が悪いのです。いけないことだ。知りつつも、ついうっかりして再び繰返します。 校長にも、お葉書を見せました。校長は言いました。「ほんとうにこれは、君の三思三省すべきところだ。」私も、・・・ 太宰治 「新郎」
・・・反撥どころか、私は、不遜な蔑視の念をさえ持っていたような気もする。私にも、正確なところは判らない。とにかく、私は末席にいたのである。そうして私は、確かに居心地がよかった。これでよし、いまからでも名誉挽回が出来るかも知れぬ、と私は素直に喜んで・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・弟妹たちは、それゆえ此の長兄を少しく、なめているようなふうがあるけれども、それは弟妹たちの不遜な悪徳であって、長兄には長兄としての無類のよさもあるのである。嘘を、つかない。正直である。そうして所謂人情には、もろい。いまも、ラプンツェルが、釜・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 今の風潮は、天下の学生を駆りてこれを政治に入らしむるものなるを、世の論者は、往々その原因を求めずして、ただ現在の事相に驚き、今の少年は不遜なり軽躁なり、漫に政治を談じて身の程を知らざる者なりとて、これを咎る者あれども、かりにその所言に・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
出典:青空文庫