・・・断わるに不思議はない、そこに不面目もへちまもない」「いや薊、ただ斎藤へ断わっただけなら、決して面目ないとは思わない。ないしょ事の淫奔がとおって、立派な親の考えがとおせんから面目がない。あなたも知ってのとおり、あいつは親不孝な子ではなかっ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ どんな不面目迷惑を蒙らなければならぬか! そんな責任は俺にはないはずだ。万事は君が社と交渉していたのじゃないか……それをどこまでも白ばくれて、作家風々とか言って、万事はお他人任せといった顔して……それほどならばなぜ最初から素直に友人に打明・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ ――父の苦り切った声がその不面目な事件の結果を宣告しました。私は急にあたりが息苦しくなりました。自分でもわからない声を立てて寝床からとび出しました。後からは兄がついて来ておりました。私は母の鏡台の前まで走りました。そして自分の青ざめた・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・恋愛よりもより強く、公なるイデーによって、衝き動かされないことは男子の不面目である。恋愛をもって終始し、恋愛に全情熱をささげつくし、よき完き恋人であることでつきることは、なるほど充分にロマンチックであり、美的同情に価し、またそれだけでも人格・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・自分の不面目はもとより、貴人のご不興も恐多いことでは無いか。」 ここまで説かれて、若崎は言葉も出せなくなった。何の道にも苦みはある。なるほど木理は意外の業をする。それで古来木理の無いような、粘りの多い材、白檀、赤檀の類を用いて彫刻するが・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ ――もはや、もう、私ども老人の出る幕ではないと観念いたしまして、ながらく蟄居してはなはだ不自由、不面目の生活をしてまいりましたが、こんどは、いかなる武器をも持ってはならん、素手で殴ってもいかん、もっぱら優美に礼儀正しくこの世を・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ばゆき状態に陥るのやむをえざるに至れり、さりながら妙齢なる美人より申し込まれたるこの果し状を真平御免蒙ると握りつぶす訳には行かない、いやしくも文明の教育を受けたる紳士が婦人に対する尊敬を失しては生涯の不面目だし、かつやこれでもかこれでもかと・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・下層社会の女などがよくあの人は様子が宜いということをいうが、様子が宜い位で女に惚れられるのは、男子の不面目だと思います。様子が宜いというのは、人を外らさないということになる。唯御座なりを言うということになる。余りブッキラボーでない、当り触り・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・国の文明を進めんとしてかえってこれを妨ぐるは、愛国者の不面目これよりはなはだしきはなかるべし。 論者つねにいわずや、一国の政府は人民の反射なりと。この言、まことに是なり。瓜の蔓に茄子は実のるべからず。政府は人民の蔓に生じたる実なり。英の・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫