・・・伯母さんはまた自分の身がかせになって、貴下が肩が抜けないし、そうかといって、修行中で、どう工面の成ろうわけはないのに、一ツ売り二つ売り、一日だてに、段々煙は細くなるし、もう二人が消えるばかりだから、世間体さえ構わないなら、身体一ツないものに・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 世間体にも、容体にも、痩せても袴とある処を、毎々薄汚れた縞の前垂を〆めていたのは食溢しが激しいからで――この頃は人も死に、邸も他のものになった。その医師というのは、町内の小児の記憶に、もう可なりの年輩だったが、色の白い、指の細く美しい・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・これが鶯か、かなりやだと、伝統的にも世間体にも、それ鳥籠をと、内にはないから買いに出る処だけれど、対手が、のりを舐める代もので、お安く扱われつけているのだから、台所の目笊でその南の縁へ先ず伏せた。――ところで、生捉って籠に入れると、一時と経・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・お前は世間体というものを知ってるから、平生、吾が健全な時でも、そんな事はにも出さないほどだ。それが出来るくらいなら、もう疾くに離別てしまったに違いない。うむ、お貞、どうだ、それとも見棄てて、離縁が出来るか。」 お貞は一思案にも及ばずして・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・越石を持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。 三方林で囲まれ、南が開いて余所の畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜になっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・気にかかるというには種々の意味が含んでいるので、世間体もあるし、教員という第一の資格も欠けているようだし、即ち何となく心に安んじないのである。それに三円ということは自分も知らなかったのだ、その点は此方が悪いような気もするので、「困ったも・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・内儀「何が困るたって、あなた此様に貧乏になりきりまして、実に世間体も恥かしい事で、斯様な裏長屋へ入って、あなたは平気でいらっしゃるけれども、明日食べますお米を買って炊くことが出来ませんよ」七「出来ないって、何うも仕方がない、お米が天・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・これからT君と妹との結婚の事で、万一むずかしい場合が惹起したところで、私は世間体などに構わぬ無法者だ、必ず二人の最後の力になってやれると思った。 増上寺山門の一景を得て、私は自分の作品の構想も、いまや十分に弓を、満月の如くきりりと引きし・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・のみならず新たに移った乙の波に揉まれながら毫も借り着をして世間体を繕っているという感が起らない。ところが日本の現代の開化を支配している波は西洋の潮流でその波を渡る日本人は西洋人でないのだから、新らしい波が寄せるたびに自分がその中で食客をして・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・るか、考うること四十八時間ついに判然しなかった、日本派の俳諧師これを称して朦朧体という 忘月忘日 数日来の手痛き経験と精緻なる思索とによって余は下の結論に到着した自転車の鞍とペダルとは何も世間体を繕うために漫然と附着しているもの・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫