・・・日支両国の気風、すなわち両国に行わるる公議輿論の、相異なるものにして、天淵ただならざるを見るべし。 然るにその国人のもっとも尊崇する徳教は何ものなるぞと尋ぬるに、支那人も聖人の書を読みて忠孝の教を重んじ、日本人もまた然り。ひとしく同一の・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・されば、経済商売の道理は、英亜両国においてその趣を異にするものといわざるをえず。 物理はすなわち然らず。開闢の初より今日にいたるまで、世界古今、正しく同一様にして変違あることなし。神代の水も華氏の寒暖計二百十二度の熱に逢うて沸騰し、明治・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・ 私は、「両国の秋」では梅幸の蛇使いお絹、その他を観、部分的のうまさには深く感心しながら、右のような感を押えることが出来なかった。 お絹の絶望的に荒んだ心持はよく出ていた。 特に、二幕目の始め、お絹の処へ林之助が訪ねて来た時、心・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・晩は、健坊[自注8]のところで珍しく夕飯をたべ、九時半頃になってそこらへ涼みに出ようと、これも栄さんを加え四人でぶらりと出たらどうも水の流れるのを見たくてたまらず、どっかへ行ってみようと私が云い出し、両国の河岸までのしてしまいました。何年ぶ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ところが越中島の糧秣廠がやけ両国の方がやけ、被服廠あとがやけ四方火につつまれ川の真中で、立往生をした。男と云えば、船頭と自分と二人ぎりなので五つの子供まで、着物で火を消す役につき、二歳の子供は恐怖で泣きもしない。 そのうちに、あまり火が・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・二年目の今日では、独伊両国の干渉戦と化し、本質的に最も深刻な歴史的衝突の姿を示していることは周知である。殆どすべての学者、芸術家がマドリッド政府の側に在り、有名なセロの名手、私たちに馴染ふかいパブロ・カザルスが全財産を寄附したり、画家ピカソ・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・そこへ行く気になったのであった。両国を六時五十分に出る汽車がある。 バスケット一つ下げ、藍子は飯田橋まで出てタクシーに乗った。「間に合うだろうか」「さあ……」 自動車が止る。藍子が三和土に足を下す。改札口がぴしゃりと閉る。同・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・それから蔵前を両国へ出た。きょうは蒸暑いのに、花火があるので、涼旁見物に出た人が押し合っている。提灯に火を附ける頃、二人は茶店で暫く休んで、汗が少し乾くと、又歩き出した。 川も見えず、船も見えない。玉や鍵やと叫ぶ時、群集が項を反らして、・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・あすの川開きに、両国を跡に見て、川上へ上って、寺島で百物語の催しをしようと云うのだが、行って見ぬかと云う。主人は誰だ。案内もないに、行っても好いのかと、僕は問うた。「なに。例の飾磨屋さんが催すのです。だいぶ大勢の積りだし、不参の人もありそう・・・ 森鴎外 「百物語」
一 講和近づけりという噂がある。しかし戦争はまだやむまい。ばかばかしい話だが、英独両国で面目をつぶすのをイヤがっている間は、とうてい仲なおりはできぬ。 戦争はまだ幾年も続くだろう。そうして結局、各国ともに、社会的不安と政治的・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫